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所長コラム(バックナンバー)

11月:コロナ禍のインフルエンザ対策

更新日:2020-11-1

今冬は、新型コロナとインフルエンザの2つの感染症が同時に流行するのではないかと考えられている。両方とも症状は似ていて、区別が付かない。インフルエンザでは感染して2~3日で咽頭痛、鼻水、高熱の症状が出て5~7日程度続く。幸いなことに、致死率は0.01~0.1%と少ない。一方、新型コロナでは感染しても7から14日は症状がない。実は、経験したことのないようなだるさ・味覚や嗅覚の異常が出るが多くの人は出歩き、感染を広めてしまっている。その後、何 となくすっきりしない症状が3週間程度持続する。残念なことに有効な治療法が見つからず、致死率も3~5%と高い。

検査をしない限り何れの感染症であるかは解らないが、予防として注意すべき点は同じ。

インフルエンザワクチンを接種すること。米国では65歳以上の高齢者ではワクチン接種でエコモなどの呼吸器をつける重症化症例が減り、死亡率は17%減少した。ワクチン効果は5~6か月持続する。高齢者でなくても、慢性疾患や体力の消耗がある人には是非ワクチン接種を勧めたい。インフルエンザが流行する前に接種することが重要である。

日常生活で注意すること。身体の抵抗力を落とさないように、十分睡眠時間をとる。食事に注意する。たんぱく質の摂取が少く、栄養量が足りないと免疫力が低下する。特に高齢者のみの家庭には、向こう三軒両隣の人が協力の手を差し伸べてほしい。

適度な運動をする。公園を歩くのもいい。親しい友達との会話もいい。ただし、ソシアルディスタンス(2m程度離れる)を保ち、3蜜を避ける。特に、顔を摺り寄せて話すのは禁止。部屋も10~20分に1回換気する。

インフルエンザやコロナ対策でなくても、手洗い、マスク、咳エチケット、うがいなどは忘れずに。習慣として身に着けたい。

※「10月1日から受けられます」の宣伝が大きく取り上げられたため、全国で希望者が集中し、ワクチンが各医療機関に届くよりも消費量が膨大になり、結果としてワクチン不足になっています。診療所と薬問屋で約束した数であっても、いつ・どれくらい届くかは不透明で、11月初旬のワクチン確保が深刻な状況です。当面、医師の判断で必要性が高いと認めた方から優先し、組合員であることを条件に予約制で行っています。ご了承ください。

10月:神の居ぬ間の命の洗濯

更新日:2020-10-1

10月。山も色付き、一寸した散策には手頃な季節。 江戸時代、飛鳥山は花の名所として賑わった。八代将軍吉宗公が、庶民のために造った江戸の北端にある行楽地。当時 寛永寺は江戸市中にあるが、飲食禁止。一方、江戸中心地からはやや遠いが、飛鳥山は歌舞音曲が自由にできるところ。春は桜、秋は楓の紅葉と、飲めや歌えのお騒ぎが繰り返された場所。 飛鳥山と王子稲荷の間を流れる滝野川も紅葉では有名なところ。広重も絵に残している。

粋人もいる。

「菊花晩節 梅小春に応ず。斗杓(とへい:北斗七星のヒシャク形の柄に当たる部分)北を指し、日影南に巡る。四方山の紅葉は唐紅(からくれない)に染め出し、鹿は初音を鳴く。小春日和よりの麗閑 寂々たる茶室には 二三客。月末になるより初時雨催し、日脚(ひあし)短きをいぶかる。」

コロナ騒動で外出もままならない。気分転換に、紅葉や楓の色彩の演舞を求めて 野山を散策するのもいい。

幾千本の楓を植え付く。春の花は従来ありしも、秋の詠(なが)めに乏しとて 此の挙に及びしも、惜しい哉。

地味に適せざりしか 皆枯れ果てたり。其の碑文の石も立ちしが、今は碑の跡さへ止めず。

気風のいい浅草の芸妓が、秋の寂しい風景を紅葉に変えて楽しもうと、大枚を叩き楓を植えた。土地に会わなかったのか、技術が未熟であったのか 残念ながら全て枯れてしまった。

江戸っ子の粋が生かされなかったのは、悔いが残る。樹碑も残っておらず、はっきりした場所も解らない。一時期は大変な評判になったはずである。一体、どのあたりなのだろうか。

神無月は神々が全国から出雲大社に集まり、男女縁結びの相談をする。各地の神々が留守になる。雷の鳴らなくなる月だともいわれ、気候的にも静かな月。新穀による酒を醸す「醸成月(かみなんづき、かみなしづき)」でもある。

口うるさい神の居なくなった菊の香の漂う庭先で、チビリチビリと盃を片手に、名月を眺めながら思索に耽るのも一興である。

9月:風  祭

更新日:2020-9-1

台風の季節になった。昔のヒトは、意地悪な神が大風を吹かせると考えていた。台風避(よ)けに「風祭」をする地方があった。竿の先に鎌をつけて風の神を切りつける。「風切鎌」である。法隆寺の金堂には風切鎌が取り付けられている。元禄年間の補修で新たに付けられたといわれるので、江戸時代に盛んになった風習の様だ。

長野県の伊那谷では、竿の先に篩(ふるい)を付ける。風の神は一つ目小僧で、目の多いものを避けて通ると信じられていた。新潟県岩舟では笹の先に袋を付けて、風小僧を生け捕りにしようとした。勇ましい話である。山焼きをする地方もある。山口県では杵崎様(きざきさま)といい、夕方山の上で赤々と火を燃やし豊作を祈る。琵琶湖周辺では、風祭が盆踊りに代わってしまった。盆踊りの火と風祭の火が似ているためである。

奈良県生駒の竜田神社は風を司る神を祭る。五穀豊穣を祈って、伊勢太神楽、湯焚きなどが奉納される祭りで賑わうところである。また、村々では「風止め祭」と言って、村人が仕事を休んで村の神社に集まり、籠って精進料理で飲食をした。講の一種である。

富山県では、風が「ふかぬ堂」がある。「風の三郎様」を祭る小祠(ほこら)があり、風神の石像が安置されている。「風の又三郎」で有名になった。

台風を恐れる信仰が、地方によりいろいろな形で行われてきた。

昔から、地震・雷・火事・親父と恐れられているが、風は入っていない。山嵐や台風を大山嵐(おおやまじ)、大風(おおやじ)というが、時代と共に、語呂合わせの良さもあり、何時の間にか風が親父に変わってしまった。

8月:兼好法師の箴言

更新日:2020-8-1

コロナワクチンの接種が始まり、新型肺炎のゴールも遠くに見え始めたという何となくほっとするニュース。反対に、痛 ましいことに梅雨明け間近の日本各地で大洪水が発生した。「川あをく相良の町の蔵しろし 蓮の池に浮かべる如く」と唄われた球魔川も激流荒れ狂う河川と化した。犠牲になられた方々に心からお悔やみを申し上げます。

新型コロナ感染で自由に外出できず、自宅に閉じこもりテレワーク。気分が発散できず、不眠・イライラ・家庭内でのトラブルが増加している。気分転換に外で自然に親しむのはどうだろうか。3蜜を避け、静かに夕日を眺める。副交感神経が優位の状態になる。

三夏の熱き朝、九陽の黄金なす夕、浜辺に坐て海中を見晴かす。涛(なみ)の気漸く扇(はふ)れば(湧き起れば)、熱けき煩ひを去り、岡の陰除く(やくやく)傾けば、涼しさを追ふひとは歓然しき(よろこばしき)意(こころ)を動かす。

一人浜辺に座り、潮風に打たれて優雅な一時を過ごす。常陸風土記(茨城の里)の一節。

のんびりと自宅で読書に耽るのもいい。緊張が緩むとつい眠たくなる。

ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊の細声わびしげに名のりて、額のほどに飛びありく。羽風さへその身のほどにあるこそいとにくけれ。(枕草子)

今は蚊に悩まされることが少なくなった。小さな蚊では羽風が出ないと思っていた。ところが顔近くに飛んでくると、鳴き声と羽音は結構うるさく憎らしい。清少納言も安眠を妨げられた。

長く休んでいると、やはり仕事が気になる。兼好法師曰く、

蟻の如く集まりて、東西に急ぎ南北に走る。貴きあり賤しきあり。老いたるあり若きあり。行く所あり帰る家あり。夕に寝ねて朝に起く。営む所何事ぞや。生を貪り、利を求めてやむ時無し。(徒然草)

現代のサラリーマン気質を13世紀に既に言い当てている。今、コロナの流行で社会が大きく変わった。ハンコをなくし、メールで正式の契約書を取り交わす会社も出始めた。兼好法師が「成程、我が国は変わったワイ」と微笑む時代が到来した。

7月:コロナ感染対策では熱中症に気をつけよう

更新日:2020-7-1

新型コロナ感染症の騒ぎが収まらないうちに、夏が到来した。手洗いや咳エチケットはいいとしても、マスクの着用で熱中症が増すことが危惧される。

コロナ感染症で外出を自粛したために、筋肉は萎縮し筋力が低下した。筋肉は水分の貯蔵庫で、筋肉量・水分量が減ると脱水症になる。免疫力も低下し感染症に罹患する。

学校では「3密」に注意し内科学の講義をしているが、マスクを着けたままの授業は極めて息苦しい。90分間話を続けると、全身汗ビッショリで、特に、マスクの中は水浸しの状態。全身から水分や塩分が流れ出しているのに、口やのどの渇きは殆んどない。危険の始まり、熱中症の入り口である。

衣服を緩めて熱を外へ逃がし、頸・腋窩・鼠径部を氷水のボトルで冷やす。水分を小まめにとる。電解質を含んだ経口補水液がいい。自家製で十分【水500ml+砂糖大サジ2杯(20gr )+塩小サジ1/4(1. 5gr )+味付けに少量のレモン果汁】。1時間に500mlを飲み干す速度で、1日に2~3本(1,000~1,500ml)をゆっくりと飲む。ガブ飲みは厳禁。

クーラーを使用するときの注意:室温28℃、湿度70%以上で使い始める。猛暑に慣れていないときには、室温26℃、湿度60%で使い始めてもいい。クーラーは空気を撹拌するだけなので、30分に1回は対角線上の窓を開け放し空気の通り道をつけ換気する。窓が一つの時には、窓と入り口を開けたままにする。扇風機を窓外に向けて廻し、空気を入れ替える。

脱水症の簡単なチェック方法:皮膚を強くつまみ上げて放す。皮膚が元の状態に戻るのに3秒以上かかると脱水症である。

高齢者はのどの渇きを訴えず脱水症が進む。エアコンを使わない人もいる。高齢者や独居者などの水分摂取、エアコンの使用状況などを隣近所で互いにチェックし、支援しあう。体温が39℃以上でも皮膚が冷たく発汗も著しい。更に体温が上昇し意識障害が出る。至急医療機関へ搬送すること。

コロナ感染症は現段階では防げないが、熱中症の発症は防ぐことができる。みんなで協力して熱中症を防ごう。

6月:つくり笑いのわけは…

更新日:2020-6-1

醍醐の大僧正、餅を焼きて食いけるに、極めたる眠(ねぶ)りの人にて、餅を持ちながらフタフタと眠りける。前 に格勤者(かくごんじゃ)ありける。僧正の眠りて頷くのを、我にこの餅食へと気色あるぞと心得て、走寄りて手に持ちたる餅を取りて食ひてけり。

大僧正驚きてのち「ここに持ちたりつる餅は」と尋ねられければ、格勤者「その餅は、早食へと候ひつれば 食 べ候ひぬ」と答えへけり。大僧正比興のことなりとて、諸人に語りて笑ひける。(古今著聞集)

大僧正は直ぐ居眠りを始めてしまう。高齢者なのか、睡眠時無呼吸症候群で夜よく眠れていない人なのか。焼き餅を食べながら眠りこけてしまう程である。身の回りを世話する小坊主が、大僧正の頭をゆらゆらさせて眠りこけている姿を見て、餅を早く食べろと合図していると勘違いし食べてしまった。大僧正、内心では「シマッタ、大好物なのに…」と思ったに違いない。怒り心頭。しかし、大僧正の辛さ。戯けたことだと笑い飛ばしたという。

地方には同様な話が沢山伝わっている。如何いう訳かお寺での話が多い。

しみったれたお坊さんの話。小僧に隣の新築の家の様子を見に行かせた。その間に一人で焼餅を食べよう。裏でこっそりと見ていた小僧の方が一枚上手だった。表口から帰ったように見せかけ、新築の様子を炉の灰に描いて説明を始めた。すると、灰の中から食べ頃の焼けた餅がゾロゾロ。和尚「お前にやろうと思って焼いておいた。」と苦笑い。

本心と言うこととが違う。誰でも経験のあること。古典文学や民話には、短い表現の中に心の奥を見透かす鋭さが潜んでいる。

5月:再びコロナウイルスの話
~肺炎に打勝って新しい文化を生み出そう~

更新日:2020-5-1

コロナウイルス肺炎が全世界で急激に蔓延している。
コロナウイルスはRNAの微小な構成物で、多くの脊椎動物や鳥類が感染している。ウイルスは、肺、腸や尿管上皮細胞のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体から身体内に侵入する。ウイルスはリンパ球を壊し抵抗力を弱め、病気を重症化させる。

コロナウイルスに感染すると、2週間で風邪症状が出る。味覚(あじ)や嗅覚(におい)が判らなくなる。特異的な症状である。困ったことに、コロナウイルスを身体内に持っていても無症状の人がいる。発熱や咳もなく胸写にも異常がない。普段通り街中を歩き回って他人にウイルス感染をさせてしまうので、大きな問題となっている。血液検査をしなければ発見できず、感染を広げる一方である。咳やくしゃみでウイルスは3時間空中を漂う。銅表面に付着すると4時間、プラスチック表面では2~3日間生存するという。

飛沫ウイルスが届かないsocial distanceを保とうという動きも出てきている。3密(密集・密室・密着)を避ける。心もとないが、今のところは、手洗い(石鹸をつけて30秒以上洗う)・咳エチケット・家に留まることが感染の防止策である。外出を自粛し人との接触を7~8割減らせば、1か月でコロナ感染の拡大はなくなると言われている。

日本で開発したアビガンがコロナ感染に有効であることが判り、30か国から緊急譲渡の要請が日本政府に来ている。米国でも新しい挑戦が始まった。中国武漢からの報告を受けて、マラリアや関節リウマチの治療薬およびコロナウイルス肺炎から回復した人の血清抗体を用いた試験的な治療を開始した。

ニューヨーク市長はnew normalという表現で「ともに現今の苦難を乗り越えて、新しい文化を生み出そう。」 と国民にメッセージを送った。

日本でも、新しい文化が誕生してくることを期待したい。

4月:「はな」に思い出すものがたり

更新日:2020-4-1

桜を愛でる季節は過ぎてしまったが、

世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

と花の散るのを惜しむ。長い間待ち望んでいた桜花を、何時までもこのままで留めておきたい。在原業平が惟喬親王の別荘の宴で詠んだ歌。しかし、「散ればこそいとど桜はめでたけれ」という考えもある。二つの両極端の気持ちが微妙な美意識を作り上げている。

桜で有名な話は、藤原俊成と平薩摩守忠度の友情。「平家物語」にある。源氏に追われ都落ちする忠度が、和歌の教えを乞うていた俊成に、千載集勅撰の折には自分の句作を載せ欲しいと託して、西国に落ち延びていった。
俊成は、

勅勘の人なれば名字をば顕はさず、故郷花といふ題にて詠まれたりける歌一首ぞ「読人知らず」と入れられける。
さざなみや志賀の都はあれにしを むかしながらの山ざくらかな

人の心を打つこの話は、世阿弥の謡曲「忠度(ただのり)」や小学唱歌「青葉の笛(大和田建樹詞・田村虎蔵曲)」にも取り入れられ、途絶えることなく後世に受け継がれている。

西国に追い詰められた忠度は、旅宿花と題して歌を残していた。

ゆきくれて木の下影を宿とせば 花や今宵の主ならまし

忠度が討ち取られたことを聴いて、

「あないとほし,武芸にも歌道にも達者にておはしつる人を。あったら大将軍を」とて、涙を流し袖を濡らさぬはなかりけり。

桜の季節は、敵味方の万人に惜しまれた人を思い起こす季節でもある。

3月:新型コロナウイルス感染騒動 いつ終焉を迎えられるのか

更新日:2020-3-1

中国の武漢から始まったインフルエンザが、中国・日本・アジアを中心に世界でパニックを引き起こしている。 最初の患者が重症肺炎になり、数日間で死亡。また、インフルエンザ流行の季節と「春節」という中国の長期休暇の時期とが重なった。30億人がバカンス旅行に出た。運悪くWHO(世界保健機関)では、緊急事態宣言を出すほどの重大な感染症でないと宣言した。WHOは感染の拡大を防止し、人の命を守ることが第一の役目であるのに、重篤度が軽いから大丈夫と発言してしまった。

過去のインフルエンザの流行を見ると、スペイン風邪は第一次大戦で移動する兵士がウイルスを各地に撒き散らした。 6か月で5000万人の死者が出た。蔓延のもとはフランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、中国の兵隊などと指摘されているが、詳細は不明。因みに、第一次大戦の戦死者は200万人であった。

今回のコロナウイルスの感染力(一人の感染者が何人の人に感染させる可能性があるか)をみると、3.3~5.5人。季節型インフルエンザ(いわゆる流感)2人、新型インフルエンザ3人、麻疹(はしか)18人、風疹8~12人。コロナウイルス感染症では、新型のインフルエンザよりやや多くの人に感染させてしまう。

致死率は不明。今のところ(2月8日)亡くなるほどの重症者が出ているのは、武漢4.9%、中国全土では2.1%。日本では0%(武漢の日本人一人が死亡)。一般的には季節型インフルエンザの致死率は0.17%、新型インフルエンザ0.1~2%(2009年にアメリカで15000人、日本では198人が死亡)、SARS9.6%と言われている。

冷静に振り返ってみると、大騒ぎをする程の疾患でないことがわかる。ただ、適切な治療法が確立していないのは不安の一つ。コロナウイルスの培養に日本が成功し、名称もCOVID-19と決まった。これから詳しい研究が始まろうとしている。WHOは18か月以内にはワクチンでの治療ができると宣言した。

今までのインフルエンザの知識で十分乗り切れる。
連日報道されている通り:①うがい ②手洗い(手首までよく洗う) ③アルコール消毒 ④面会時の注意(インフルエンザに罹っている人から2m以上離れる。30分以上は接しない。) ⑤マスク(健康な人には効果がないといわれている。咳が出るときには咳エチケット) ⑥体力を落とさないこと(よく食べて、よく寝ること)

このコラムが掲載される頃には、ウイルス騒動も閉幕していることを期待したい。

2月:ユーモアを解そう

更新日:2020-2-1

面白い話を見つけた。

 平安時代に小野 篁(おののたかむら)という漢学者がいた。内裏に「無善悪」という札を立てた。嵯峨帝は篁 に読めと命じた。篁は恐れ多くて内容は言えないと断ったが、再三帝から要求され、

「さがなくてよからんと申して候ぞ。されば君を呪ひ参らせて候なり」

人の性格には善もあり悪もある。悪の「さが」はない方がいい。本来の意味はこんなところだろうが、これを嵯峨帝の掛詞として使ったから大変。

有名な話で、古くから多くの書物に引用されている。ちなみに、嵯峨帝は日本三筆の一人で、唐土の空海の文字を手本にしていた。空海の書体が変わったことを指摘すると、

「日本は小国なれば、それに従いて当時の様をつかうまつり候なり」環境は人を変えるし、字体をも変えてしまう。

さて、呪っていると聞かされた帝 は、怒り心頭。篁は必死で弁解をす る。帝は篁を何とかして困らせようとして、難問を出す。

 「片仮名の子文字(ねもじ)を十二書かせ給ひて、読めと仰せ給う。」(「子子子子子子子子子子子子」)

さて、篁は何と読んだのであろうか。皆さんは、何と読むのだろうか。頓智を働かせて挑戦してみては如何。 (ヒント 子は音読みで「シ」、訓読みでは「コ、ネ」。)

難題を切り抜けて帝の怒りを解いた小野 篁の解説はまたの機会に譲りたい。

人口に膾炙(かいしゃ)された謎解き(クイズ)である。忘れられた現代人のユーモアを取り返す機会になるといい。

1月:令和 最初の新年

更新日:2020-1-1

年号が令和となって初めての新年である。正月がなかった年号が我が国の歴史上幾つあるか数えたことはない。因みに、大正元年は明治四五年七月三十一日、昭和元年は大正十五年十二月二十五日、平成元年は昭和六十四年一月七日、令和元年は平成三十一年四月三十日で年号が変わっている。元旦がなかった年が多いことに驚く次第。年の暮れには、イノシシが東京や埼玉の荒川河川敷で駆け回って騒動になった。亥年(イノシシ)から子年(ネズミ)に移り変わるのを惜しんでいるのだろうか。

ネズミは大黒の使いで福の神と言われている。「古事記」によると、大国主命(オオクニヌシノミコト)が兄弟に野原で焼き殺されそうになった時、

ここに出むところを知らさぬ間に、鼠来て云ひしく、「内はほらほら、外はすぶすぶ」とかく云ふゆゑに、そこを踏みしかば落ち隠り入ります間に、火は焼け過ぎぬ。

この神話がもとでネズミは火難を避ける神に祭り上げられた。本居宣長の説である。

薩摩地方では、琉球ネズミが床下でなくと、家に福が来ると信じられている。

また、ネズミが正月の餅をかじると縁起がいいとも言われる。宮城県のある地方では、

供え物の餅を鼠が引いて行ったとき、「嫁御がお出なされて引いて行った」といい、ネズミという語の使用は正月三が日禁句となっている。同じようなことは、鹿児島県や群馬県の養蚕地区にも見られるという。

歯が抜けたとき、上歯は床下へ 下歯は天井や屋根に放り投げる習慣がある。強い歯が生えるように、ネズミの歯と替えてくれと唱える。

人と鼠の関りは長い。皆さんは、今年にどの様な期待をかけているのだろうか。

12月:木枯らし雑感

更新日:2019-12-1

静かな平成年間が、令和になって急に激変した。特に台風水害のもたらした惨状には目を覆うばかり。被災された方々に心からお見舞いの言葉を送りたい。

師走になり、寒風が吹きすさぶ季節がやって来た。野も山も視界に入るもの全てが寒々しい枯れた景色の中で、遠くに見える山だけが日に当たって暖かそうに見える。ホッとする光景である。冬日はここ40年間で70日程度短くなってしまったという。遠くの全山が紅葉するのを見るのが待ち遠しい。

遠山に日の当たりたる枯野かな 高浜虚子

焼き芋の屋台が駅前に出ている。サツマイモが日本に伝わったのは天和元年(1615)。江戸に入ってきたのが享保20年(1735)。将軍吉宗が積極的に広めたのは有名な話である。古くは、ツボの中に芋を入れて蒸し焼きにする「壺焼き」が主流。江戸の中期、寛政五年(1794)本郷で「八里半」という看板を出して焼き芋を売り始めた。余程売れたようで、その後「十三里」いう名の焼き芋屋も出た。 自身番の奉公人までアルバイトで焼き芋を売っていた。ノンビリした時代である

暮れになると、どこかで必ず語られるのが「王子の狐火」。関八州のすべての狐が王子稲荷に集まる。「狐火は山路をつたひ川辺をつたふ」て移動したという。人々はこわごわ王子まで見に行った。狐火が乱れ飛ぶところまで辿り着けない老人も多く出たので、大晦日には目赤不動の境内に臨時宿泊所まで作ったという。(東都歳時記) 

江戸近郊、王子村稲荷の社辺に装束榎あり。毎年十二月晦日の夜半、この木の下にて群狐、火をともすな り。その狐火を以て農民明年の豊凶を卜す。(俳諧歳時記栞草)

数百とも思ふ斗の狐火・・・。見ゆるかとすれば失せ、失せるかとすればまた光り・・・。飛ぶこと高きに随ひて、狐に官位の高下のつくとぞ。」(江戸府内絵本風俗往来)

狐火を高く飛ばすほど、その狐は高い位に就けるというのは、ロマンと欲が混ざり合った人間の本質が示されていて面白い。

師走は、昔の習慣や物語を思い起こさせる季節である。

11月:フレイルに対処するには?

更新日:2019-11-1

国連(WHO)では、65歳以上の高齢者が全人口に占める割合を高齢化率と定義している。高齢化率が14%を超すと「高齢社会」といい、高齢化率が21%を超すと「超高齢社会」という。我が国では、超高齢社会が2025年から始まり2040年にはその頂点に達すると報告されている。

加齢に伴って身体的に衰えてきた状態が、介護や生活 支援で再び健康な日常生活を取り戻せることを「フレイル」と言っている。高齢社会になると必然的にフレイルが増加する。高齢期になり身体の各所の機能や予備能は低下し、様々なストレスに対する抵抗力も弱くなり生活機能が衰えてくる。

フレイルは

  1. 「身体的フレイル」:筋力低下で動作の俊敏性がなくなり転倒しやすくなるような場合
  2. 「精神・神経的フレイル」:認知機能障害やうつ状態などがあり、一人では判断を下すのが難しくなる場合
  3. 「社会的フレイル」:独居の状態や経済的な問題点があり、自分のみでは解決するのが難しい場合

の3つに分類されている。

幸いなことに、わが国では介護保険制度があり、完全ではないものの、フレイルに対しても多職種での介入がなされ、相応の効果を上げている。プレフレイル(フレイルになりそうな時期)に短期間の一寸した手助けがあれば、転倒・骨折・認知症の発症・施設入所などが予防できる。毎日生活を送っている所で長く暮らし続けられる。バランスの良い食事をとること、適度な運動を繰り返すこと、多くの人と笑顔で毎日会話を交わすことが、プレフレイルやフレイルになることを予防する基本となる。

残念なことに、介護の介入による真の有効性を示す具体的な数値がない。評価の値がなければ、科学的な検証や国際的な信頼性に耐えられない。今後は、科学的な実証に基づいたデータを積み重ねるとともに、皆さんから具体的な意見を取り入れて、世界の介護ケアモデルと称賛される充実したものに育て上げたい。

10月:聞くべし。見るべし。得べし。

更新日:2019-10-1

十三世紀初頭、中国で修業した後、日本で活躍した思想家 道元禅師の説教を記した「正法眼蔵随聞記」に、

個人の云はく、「聞くべし。見るべし。得べし」。また云はく「得ずんば、見るべし。見ずんば、聞くべし。」

という一文がある。

物事を決めるときには、「他人の話をよく聞き、自分の目で確かめ、自分で納得する」のが一番いい。これが最良であることは言を俟たない。しかし、世の中はいつも順調にいくとは限らない。いろいろな障害は大なり小なり必ずある。「手に取って確かめることができなくとも、自分の目でよく見る方がいい。ものが目の前になくて触れられない場合には、他人からいろいろと聞き出すのがいい。」

まがい物が横行する現代にも通じる処世訓である。買い物をして、家に帰って良く考えると無駄であったと反省することがある。現在は、クーリングオフ制度ができて、売る方も買う方も納得できるようになったのは、人聞の知恵・工夫の賜物である。

しかし、人事が絡むと厄介である。連日、新聞・テレビが姦しい。海の向こうの話ではあるが、台風のような激しい波風に国が揺れている。騒ぎはいつ収まるのだろうか。一旦決めた人事は、買い物のようには簡単にはクーリングオフができない。歴史が絡むと一層厄介である。国家聞の約束事も、何の考慮もなく破棄しようとする時代。腕力で解決したらどうかと、物騒な意見も飛び出す。行動の前に、まず熟慮を。

「聞くべし。見るべし。得べし。」 先人の知恵を借りたい。

9月:「風土記」に親しんでみては如何でしょう

更新日:2019-9-1

我が国の統治が安定してきた8世紀中ごろ、大和朝廷により各地の地理志の報告を求める官命が発せられた。 国内の政治、経済の状況を把握しようとした。
「風土記」の編纂である。

各々の土地の構成、集落の広さ、その土地の産物、出土品などが明記され、土地の名前の由来などが記されている。

出雲国風土記の一節。

宇賀の郷(さと) 郡家(こほりのみやけ)の西北17里25歩なり。「女神、肯(うべな)はずて、逃げ隠れましし 時に、大神旬い求(ま)ぎ給ひし所、此れすなはち是の郷なり。」

求婚された女性が逃げ隠れ、男が探し求めるという婚姻習俗があったことがわかる。女性が男性の誠意を探る習慣と考えられている。

「あけぼのに忽(たちま)ち白き烏あり。北より飛び来りてこの村に翔(かけ)り集ひき。
鳥、餅と化為る。片時の間に、更に芋草数千許株と化(な)りて花葉尽に栄えき。歓喜びて豊国と日ふ。」
この土地にはない餅の作り方や芋の作付けなどの技術を持つ集団が住み着いて、地方を豊かlこしていく過程もわかる。

常陸国風土記には、胸躍らせる描写もある。甘く漂うロマンの香り。

「相語らしく欲(おも)ひ 人の知らむことを恐り、松の下に隠る。玉の露おく秋の暮、明らけき照らすところは、鳴く田鶴の帰る巣なり。さやけき松風のしのぶ処は、度る雁のゆく山なり。タは寂莫かにして巌の泉旧(ふ)る。」

松の下に隠れて、暮れ行く秋空を眺めながら恋を語らう。澄み渡る空に連なる渡り鳥を配すなど一服の絵のようだ。

風土記は、面白い読み物である。

8月:今も昔も

更新日:2019-8-1

寛和(986年)頃のはなし。

「夏の公事の日に、紫宸殿の北戸を披(ひら)きて涼風を帯びらる」。藤原兼家が襟首(袵おほくび)の紐を明け放って一条院を抱き上げた。「脇戸よりさし出ださしめ給ふに、諸卿皆敬ひ候ふ。私(ひそ)かに云ふ。此の儀あまりなり。」

夏の暑い日に紫宸殿の扉を聞いて涼しい風を送り込んだ。この時、藤原兼家が幼少の天皇を抱き上げて、脇戸か ら外を眺めさせた。居益ぶ諸侯は、一応は平伏して見せたが、腹の中では、乱れた姿で幼少の天皇に接するのは、礼儀を失すると感じている者が多くいた。注意の言葉もかけず、陰であれこれと悪口を言うのは、いつの時代でも同じのようだ。

また同じ頃、兼家は烏帽子(えぽし)を被ってはいるが、衣服の紐は結ばず玄輝門から入った。近くに住む孫娘の家で冠を改め、正装姿で入内した。蔵人頭の実資(さねすけ)に「門の辺において逢い奉るに、深く揳(いつ)して居せず。入道殿(藤原道長)袵(おほくび)を指して礼節をせしめ給ふ。」

実資に会った兼家が路答礼をしない。摂政である実資は冷静で怒ることも無く、居を正し礼節を尽くして挨拶をした。対照的に、兼家は大物ではあったが、何とも反応の鈍い、組野で無作法な人。何処にもでも見られる光景ではある。息子の道長が、実資の礼節を守り、綱紀を引き締めた。「古事談」では、兼家の顛末を語ってはいない。

「大鏡」によると、兼家は別邸の法興院(ほこいん)で病を得、「御枕上なる太刀をひき抜かせたまひて」物の怪と 争うなど、理解しえない行動を繰り返して失せたという。

華やかな世界の裏が垣間見えるものがたりである。

7月:平安朝の夏

更新日:2019-7-1

七月ばかり、いみじう暑ければ、万の所開けながら夜も明かすに、月の頃は、寝驚きて見出すにいとをかし。闇もまたをかし。育明はた言ふもおろかなり。

御簾をあげて涼をとろうにも七月の暑さ。微風すら吹かない夏の夜。一睡もできない真っ暗な夜。月の夜は、花や木枝を愛でながら散策する。また、あさぽらけの空気を心から楽しむ平安人。

扇もうち忘れたるに、汗の香すこし抱へたる綿衣の薄きを、いとよく引き着て、昼寝したるこそをかしけれ。

暑い夏の日に扇子を忘れてしまうと悲劇である。汗臭い十二単に身を包んだまま昼寝をする。シャワーもないし、辛い。

いかなるわざをせむと、扇の風もぬるし。氷水に手を浸し、もて騒ぐほどに、こちたう赤き薄様を唐撫子のいみじう咲きたるに結び付けて、

暑いさなかに、扇の風だけでは涼がとれない。氷水に手を入れて冷たいと言って、無邪気に騒いでいるところに、一通の手紙が届く。真っ赤な唐撫子に結び付けた、真っ赤な紙。暑い中で、汗を拭き拭き書いたひとの思いやりが伝わってくる。

かつ使ひつるだにあかずおぼゆる扇もうち置かれぬれ。

氷を持ちながら、他方の手で何となく仰いでいた扇を、思わずそばに置いてしまうほど衝撃的な赤であった。

平安朝の夏の過ごし方が解る一文である。クーラーもない時代の京都の夏は格別暑い。明け方近くの山の稜線は紫立った靄に霞む。彼誰時を楽しむ優雅さ。

冬の田に水を一杯張り凍らせる。その氷を氷室に大切に保存し、夏に少しずつ切り出して、涼を昧わう。源氏ものがたり総巻などにも描かれている。古くから伝わった知恵。

古代の平安の色彩は鮮やかである。薄紫、葡萄染、萌黄、朽葉、桜、紅梅、藤、二藍、枯野、大海、躑躅、青朽葉、刈安染など様々。当時、既にこのような色を作り出す技術が完成され、着物や和紙などに鮮やかな色付けがなされていた。色彩感貨は現代人よりも鋭くかつ繊細で、情緒的である。

今の時代に平安人の感性を昧わえるだろうか。

6月:認知症を防ぐ

更新日:2019-6-1

連日のごとく高齢者の自動車事故の記事が紙面を踊っている。原因はアクセルとブレーキを踏み間違えたものがほとんどである。世界のどの国の自動車会社も、高齢者の急増を予測できなかった。スピードと美しさに目を向けたために、高齢者の運動能力が鈍くなったことを補うことができる自動車のシステム開発を完全に怠ってしまった。今や自動車は走る凶器と化した。

我が国の認知症は約300万人。2年ごとに2倍に増加すると言われている。75歳以上の人口の25%が認知症であり、令和12年(2030)までには35%に達するという。認知機能は、誰でも加齢に伴って低下する。日常生活に支障がなければ以上とは言えない。毎日会話を交わす隣人の名前が思い出せない、今日友人とレストランに行ったことを忘れてしまう、買い物で代金を支払わずに帰ってしまうなど、生活へ影響が出た時には認知症を疑う。

政府は令和7年(2025)までに認知症の数を6%減らすという努力目標を打ち立てた。

認知症では他人の協力が必要になる。向こう三軒両隣。一寸おかしいなと気付いたときには声を掛け合う。物忘れ健診で認知症の疑いの人を見つけ支えるシステムを、地域で作り上げることが重要である。ある地域では軽い症状を含めると、65歳以上で30%の人が認知症であった。

認知症は自分で予防できる。生活習慣を見直すことから始める。30歳代からコレステロールや肥満に注意。70歳以上では食事の制限はしない。運動はダンスがいいらしい。男女で会話を交わし、コミュニケーションを図りながら心をときめかし、短時間でも若返るのがコツ。ポリフェノールを飲みながら、知的活動で頭に快楽刺激を与えると認知症は発症しないという。

一寸した日常生活の工夫で認知症を防ぐことができる。

5月:平成から令和へ「令和元年への期待」

更新日:2019-5-1

五月元日から新年号が「令和」に変わる。平成天皇が退位のご意向を示されたのが9年前。新天皇に家督を譲られることになる。

平成は、31年間文字通りの戦争のない平らかな時代が続き、国民は心から平和を満喫した。文化を尊重する時代。女性が活躍できる時代。誰もが自分の可能性を引き出せる世の中。自分と共に他人の幸せをも喜べる時代。手を取り合って和を尊ぶ。災害のない時代。自然と歩む時代など。新時代の到来を待ち兼ねたかのように、新聞には多くの人々が思い思いに、夢と希望を託した意見を寄せている。

「令和」は大伴旅人が太宰府長官の時に、詩歌を詠んだその序文から引用されたものだという。穏やかな暖かい陽のさす庭で談笑する万葉人の光景が目に浮かぶ。

「初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」
(春の風がほほをやさしく撫で、ひらひらと散りゆく梅の花と蘭の香りが周りを包む庭。そこで近しい友人と酒を飲み交わす。) 「令和」は「令月風和」とも呼ばれる。

歴史的に見れば、代始改元、祥瑞改元や災異改元など、世の中の大きな事件に合わせて年号が変えられた。今回は退位改元であり、我が国の元号制定から248番目にあたる。

平和の時代の改元は珍しい。平成天皇が国民に語り掛けたように、戦争のない社会を永遠に作っていくのは、我々の責務である。これはまた、聖徳太予の「和ぐを以て貴とし、杵ふること無きを宗とす」(和を重んじ、逆らうことをなくせ)と願いを込めた心にも合致する。

穏やかに過ごせる時代が永遠に続くことを心から願ってやまない。

4月:失われゆく卯月の伝統文化

更新日:2019-4-1

野原にれんげや菜の花が咲き、山肌の色をつつじが鮮やかに変える頃、川口の西口公園でも若葉の匂いに満たされる。ある山村では、子どもたちが山から積んで持ち帰ったつつじ花を高い竿の先端につけて立てる行事がある。つつじは「お天道様(太陽)に捧げる花」という習わしが受け継がれている。

卯月(四月)八日は釈迦の誕生を祝った甘茶で擦った墨で、

    ちはらぶる卯月八日は吉日よ  神さけ虫を成敗ぞする

と書いて雪隠(トイレ)に貼っておくと、かみさげむし(うじむし)が湧かなくなると信じられていた。今では、水洗トイレになり、笑い話になってしまった。

「山登り」とか「山いさみ」という行事がある。弁当をもって山に上り、彼方に見える海や遠くの街を眺め、頂上の嗣の神にお参りをする。一寸したハイキングである。「青山越え」では、若い娘が三々五々山を登り、青柴を折り持ち帰る。この娘たちが田植えをする。

児童唱歌にも「早乙女が  裳裾濡らして 玉苗植うる」と歌われているが、田植え行事は、「青山越え」を済ませた早乙女だけが行う田の神を迎える神事であった。「歌をうたい早苗を植うる」とあり、賑やかだった。普段でも田植え歌を口ずさむことが口癖になっている。

    早乙女は  子を寝かすにも田植え歌

東北地方に「えぶりすり」という踊りがある。藤九郎という植え田踊りをする道化集団が、変わった烏帽子に白兎や矢の絵を描き、五葉松の枝や扇をかざして舞い狂う。笛を吹き、鍬の柄をたたき、馬の鳴輪などで拍子をとる。 稲作りの作業を模して賑やかに踊る。「えぶりすり」は田を均す農具のことである。踊りは農耕が暇な新春に行われていたようだ。

今ではどのくらいの行事が受け継がれているのかはわからない。若者を呼び返す地方興しの行事が盛んになるといい。

3月:かぐや姫の悪戯

更新日:2019-3-1

二月の初旬には暖かな日が続いた。このまま春に突入するのかと思われたが、自然はそれ程甘いものではない。 中旬になり急に寒波が到来し、降雪に見舞われた。自動車の追突やハイヒール姿の友性の転倒が、各地の話題として、テレビに映し出されていた。

三寒四温という語がある。次第に春が近づく二月から三月に用いられる言葉である。実際にはどうか。調べた人によると、一寒一温が40回。一寒二温 25回、二寒一温 24回。三寒四温は何と7回しかなかったという。 少しず つじわじわと春はやってくる。皆が待ちわびる気持ちを表すのには、やはり、三寒四温がいい。

「雪月花」は白楽天が友に贈った詩にみられる。雪は冬に降り、春には跡形もなく解けてしまう。月は満ちては欠け、花も一瞬の盛りを過ぎれば散り果てる。自然の美しさが時間と共に姿を刻々と変えて移ろい行く。しかし、無くなることはなく、毎年繰り返す。壮大な自然を愛でた一節である。

アポロが持ち帰った石。分析をすると、月の成分とは違って、地球の岩石と同じものが沢山出てきた。隕石が地球に衝突したときに周囲に飛び散った破片が、月に飛んで行ったものだという。月の写真を大きくすると、色々な文字が浮かび上がる。太陽の光がクレーターに当たって「LOVE」という字に読める。ひょっとすると、自分の名前があるかしれない。月で遊ぶかぐや姫の悪戯である。楽しい話だ。

冴えわたる月も、やがてはおぼろ月に変わる。日本人が心から愛でる桜の季節は、間もなくやってくる。生命の躍動が始まる時でもある。

さあ、外へ出て春の息吹を感じよう。

2月:謎のバンクシー事件

更新日:2019-2-1

昨年、邦貨にして一億五千万円の絵「少女と風船」(作者はバンクシー)が英国で切り刻まれて、話題になったことがある。オークションの現場で落札された直後に、絵が突然自動的に動き出し、絵の下半分が短冊状に切り刻まれてしまった。当然、会場は騒然となった。「愛を切り刻め。ディレクターズ カット」という作者のメッセージもついていた。

バンクシーという画家は英国を中心に、世間を騒がせている芸術家で、氏名・性別・年齢など素性は不明。謎の人物である。あちこちのビルの壁や道路上に絵を描く。カンバスには反戦や反権力的な絵画を描き、高値で取引されている。

折角描いた絵をオークションの時に切り刻む。作品価値を高めるための自作自演だったのか。そうだとすれば、自分の創作力に陰りが出てきたことを自覚したためだと言える。

さて、先日羽田に向かうゆりかもめの駅近くに張リ巡らした防潮扉の一角に「ねずみが傘を持っている絵」が描かれていた。A4サイズほどの小さい絵。見つけた人がバンクシーの絵に類似していると気付いた。色々の人が鑑定を試みているが、どうも本物らしい。バンクシーが来日していたのか。しかし、絵を描いている姿を目撃したという人は現れていない。英国で扉に描かれたものを輸入したが、途中では作業員が全く気付いていなかったのか。勿論、防潮扉の輸入経路などをこれから誰かが詳細な調査を始めるだろう。

日本でも、文化財を修復するときに、天井や襖裏紙に当時の職人が描いた絵が見つかることがある。茶飲み時間に描いた絵が、何百年後に世間の話題になるとは想像もしていない。

謎が謎を呼ぶ。ビルの壁や道路に無断で「落書き」をするのは違法である。バンクシー事件は人騒がせではあるが、「罪のない遊び」で人の心を和ませる話題でもある。

1月:あづきがゆ

更新日:2019-1-1

明けましておめでとうございます。
新しい年を如何お迎えになりましたでしょうか。

兼好法師は、「かくて明け行く空のけしき、昨日に変わりたりと見えねど、引き替えめづらしき心ちぞする。大 路のさま、松立てわたして花やかにうれしげなることこそ、又あはれなれ。」と新年の感想を述べています。暮れは遅くまで人が慌しく働き行き来していた。朝になり門松が連なり、人も華やかに着飾って歩いている。 空を仰ぎ見れば、特別に変わったこともないのに…。兼好法師独特の皮肉であるが、正月を無事迎えられた清々しい気持ちは素直に伝わってくる。

十五日は小正月。普段忙しく働く女性は料理を作らない。
男性が小豆粥を作って振舞う。来訪神が門付けをして回る日でもある。鹿児島県では「穂垂れ節句」と言って、十四日に白粥に大根を大きな短冊形に切り、ナマスに添えて食べる。
十五日の朝にはお粥を食べる。小鳥がまだ鳴かない早朝に炊き、冷まして食べる。
粥をフーフー吹いたり、食べた後の食器をすぐ洗うと、風水害に見舞われるという。
紀貫之も「今日 小豆粥煮ず。口惜しく、なほ日も悪しければゐざるほどに」と小豆粥を食べられないことを残念がった。土佐の任官を終えて、京に上る日だったからである。

今でも良き正月の行事が残されているのだろうか。

12月:信玄公の願文

更新日:2018-12-1

昔の武将は、出陣の勝利、家族・一族の安全、自国の安寧など、様々なことを神社仏閣に願を賭けた。勝利のみが自分の広大な領土を安定させる唯一の道であり、隣国から何時戦いを挑まれるかも解らない。多くの財や馬などを奉納し、不安に満ちた心を静める手段は他にはなかった。

医局に入りたての頃、山梨の病院に出張した。戦国武将 武田信玄。地元の信玄ひいきは大変なものである。山国で産業もない山梨。信玄は活路を外に求めた。民を飢えさせてはならない。自活するには周りを攻めて、他人の富を奪い取るより他に道がない。武田の武士集団は、強くならざるを得なかった。その頂点に君臨したのが信玄。威厳のある近付き難い画像が残されている。

徳栄軒信玄息女 闘病平癒 息災延命

一、来る六月息女富士参詣のこと

一、于士峯半山室において苾蒭衆を請い、五部の大乗経読誦のこと

一、神馬三疋献納のこと

右三ケ条の旨、相違なく社納せしむべきものなり

娘の病気が治ったら、六月に娘自身が富士山に参拝する。富士山は木花開耶姫命(このはなさくやひめ)を守り、病気平癒、安産に利益がある。火山は出産を意味する。更に、富士山中腹の洞穴で、僧侶に依頼し五部の大乗経を読むこと、三頭の神馬を納めるとの誓いを立てた。信玄も人の子。娘の病気の平癒を富士浅間大菩薩神社に祈願した自筆の願い文が残されている。

11月:全国介護老人保健施設大会に出席して

更新日:2018-11-1

10月に、全国介護老人保健施設大会が大宮ソニックシティで開催された。

樋口恵子氏の特別講演会を聴く機会が持てた。既に厚労省などで報告している我が国の65歳以上の高齢者の現状分析が示された。老々夫婦は31% 男性または女性のみの一人暮らし27% 親と未婚の子どもの同居が21%という。平均寿命は男性81歳、女性87歳である。女性は夫の死後7年間、独身生活を送ることになる。健康寿命は男性72歳、女性75歳である。残された人生を、男性は9年 女性では12年 身体的に何らかの不自由を抱えた状態で過ごすことになる。

東憲太郎氏は、老健施設の専門職が地域に出向いて訪問活動をして、地域活性化を進める。専門職が介護社会を推進していく役割を担っていると述べていた。

湯沢 俊氏は、埼玉県の75歳以上の高齢者の増加率が日本一であることを示した。
裏返せば、埼玉県の高齢者増加率は世界一。埼玉県の高齢者対策を世界中の人々が注目している。県の施策が成功すれば、世界の高齢者対策の指針になり得るからである。

斎藤正身氏は、高齢者は一人だけでは、遠くへの外出もできない。地域介護予防サロンを開いて、フレイル防止の実践活動をしていることを紹介した。意欲向上・人の繋がり・個性の発現・生活リズムの改善に繋がっている。包括支援は、ケアの援助だけでなく、買物現場に一緒に出向くという互助が大切であることを強調した。
日頃からの隣人との付き合いを深め、心のこもった生活支援をし合うことが、地域の暮らしの基本になる。

山地隆文氏は高齢男性の居場所作り・生きがいを求めて、家内で燻ぶっていることを止め、外へ出る・学ぶ・稼ぐことの重大性を述べていた。男性は女性と違い、自分の家に閉じこもりがち。一歩外へ出て見渡せば、地域の良い点、悪い所が眼につく。
人生の経験者として改めたいことをドンドン提案する。欧米で広く行われているように、良い提案であれば当然何らかの代償を支払うべきだろう。今は、昔のように無償で知恵を拝借できる時代ではない。男性よ、外へ出かけ、地域を活性化しよう。

今までと違った新しい介護の在り方を考えさせてくれた学会であった。

10月:機嫌を損ねた自然

更新日:2018-10-1

6月末 豪雨で西日本に甚大な被害が出た。手作業での復興が進まない中、7月には予想もできない「へそ曲がりの台風」が関東から東海・中国を横断し、九州へと抜けていった。

9月に入り大阪を襲った台風21号。乗用車を薙ぎ倒し、小型トラックを川の中へ吹き飛ばし、多くの屋根を天空に吹き上げた。これまでに見たこともないような暴れ方だ。

何が自然の機嫌を損ねたのだろうか。

「大和の国 添上群(そうのかみのぐん)に、楢山(ならやま)の峯に三町ばかり(約330m) 未申(ひつじさる:南西)に当たりて、小山の 高さ八九尺ばかりなる、生ひたる樹木も働かずしてうつし置きたりけり。其の峯の上に蔵ありけり。蔵の中に仏像ありけり。五箇日を経て、風吹き倒しけり。何の故と知らず。不思議の事なり。」(日本霊異記)

永延2年(988)に起こった出来事である。3m足らずの小さな樹木が茂った小高い丘の上の祠(ほこら)に、小さな仏像が祭ってあった。台風が5日ほど吹き荒れて、仏像を倒してしまったという。その後、天変地異が続き年号の改定に繋がった。実在の話である。吹き荒れる台風には為す術もない。自然の巨大な力に畏敬の念を抱く。思わず、「何の故とは知らず」という言葉になってしまった。

元暦2年(1185)の大地震では、京都で大きな被害が出た。白河、六勝寺、九重の塔は崩れ、得長寿院、三十三間堂、十七間堂など全てが倒壊した。
「皇居をはじめて、在々所々の神社仏閣、あやしの民屋、さながら破れ崩づる。老少共に魂を消し、朝衆悉く心を尽くす。鳥にあらざれば空をも翔り難く、龍にあらざれば雲にも上り難し。」(平家物語)

北海道では震度7の大地を揺るがす大地震が起き、余震は未だに収まっていな い。6月18日 震度6の地震が通勤時の大阪を襲った。北海道大地震の予兆であったのかもしれない。しかし、今となっては「後出しジャンケン」。何の役にも立たない。鳥や龍になって現場から逃避したいという平家物語の作者の心情は、今日の災害地の状況を言い表している。

一刻も早い復興を願うばかりだ。

9月:共生の時代を生きる

更新日:2018-9-1

日本の総人口は、総務省の統計によると、1億2500万人で、毎年35万人程度減少している。労働人口が減っていくために、国策として外国人を積 極的に受け入れ、昨年は年間17万4000名に達した。受け入れ側の対応は十分できているのだろうか。

学校教育では、日本語が十分理解できないと障害児として扱われてしまう。 特別支援学級に組み入れているところもあるらしい。支援学級に通う日本人の生徒は1・48から2・26%程度で、外国籍の生徒は5・01から6・15%という。現場で指導する先生も大変である。今のシステムでは、日常の生徒への対応に手一杯で、時間外に特別指導する余裕はない。国としての一貫した方針はなく現場にしわ寄せが及ぶ。しかし、教員募集に「日本語を指導する枠」を設けている先進的な市町村もある。普段の授業は日本語で行い、難解な部分は母国語で解説する。複数の言語に堪能な教員が必要になる。巷では多言語を教える学習塾も現れた。

わが国は江戸時代の鎖国政策もあり、他民族を受け入れ難い閉鎖国家として成長し、自国の文化、習慣、価値観などを熟成してきた。四方を海に囲まれた地理的条件も関係している。陸続きの欧米や大陸では人の交流が激しく、いろいろな思想や言語を通じて、広い思考力が培われた。外国には空気を読む、曖昧な表現を忖度するという習慣は育たない。

地域に外国籍の人が住むところが多く見られる。残念ながら、地域住民と外国人とのコミュニケーションは十分とは言い難い。よそ者扱いである。自治会の会合やイベントへの参加、ゴミ出し当番やバザー担当役員などで、地域の生活に早く馴染んでもらう。我々も他国の考え方や習慣を積極的に学ぶ。 共生の時代である。

今は、日本ブーム。外国から沢山の人が来ている。我が国の生活・考え方・言葉・日本の美しさを世界に紹介するいい機会である。昔からの日常生活で養われた奥ゆかしさ、優雅さ・繊細さ、立ち居・振る舞いなど、世界に誇るものは沢山ある。

8月:西日本で未曽有の豪雨

更新日:2018-8-1

6月末から始まった大雨。九州・四国・中国・飛騨地方を中心とした豪雨で、甚大な被害が発生している。残念ながら、死者は220名を越した。

明けきらぬ梅雨前線に台風が加わり、連日の雨。48時間で1、000㎜を超し、50年に1度の気象異変という。長雨が続き、土砂崩れの発生要因が全て揃ってしまった。地表3~4mの表層崩壌のみならず、40m以上の深層崩壌が加わった。気象庁は、早くから大雨特別警報や記録的短時間大雨情報を出し、早期退避するように呼び掛けていた。

 「正常性バイアス」という語がある。過去の経験から判断して、今の状況ならば大丈夫だろうと考えてしまう。現状を甘く、軽く見てしまった。一方、着替えとか飲み水など何の準備もなく、心の余裕を失って慌てふためく人々にとって、大雨の降る暗い夜道を如何退避すればいいのだろう。昔から、非常時の避難方法や家族が離散した時の集合場所などを、平穏な時に話し合っておくように言われてはいるが…。

昔から怖いものとして、地震・雷・火事・おやじといわれるが、水害の話は出てこない。しかし、古事記の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は水を支配する龍神であり、櫛名田比売(クシナダヒメ)は稲田を意味する。足名椎(アシナズチ)・手名椎(テナズチ)の娘7人が大蛇に食べられてしまった。惨事を聞きつけた素戔嗚尊(スサノオノミコト)が、大蛇に強い酒を飲ませて退治し、比売を救う。氾濫する河川を治めた物語である。

江戸時代には、水を支配する魔物がいて人に災いをなし、洪水を呼ぶと考えられていた。浮世絵師 歌川国芳は、魔物と人間の戦う様を生きているように描き出している。頼朝に追われた義経が、船で摂津から西国に逃れる。俄かに空がかき曇り、荒れた海になった。壇ノ浦で藻屑と消えた平氏の亡霊が、襲い掛かる。夜叉と化した平知盛の亡霊が義経を襲う。弁慶が数珠を手に経文を唱えて追い払う。逆巻き荒れ狂う海。

五月雨や大河を前に家二軒  与謝蕪村
(何日も降り続く五月雨のなか、水嵩を増して荒れ狂う大河。対岸には二軒の小さな家が建っており、いまにも流されそうだ。) 蕪村も人間の無力に気付いたことだろう。

埼玉協同病院の近くに水神社がある。県道吉場安行・東京線の芝川橋の袂にある。芝川は享保年間に井沢弥惣兵衛為永が、河岸場から江戸へ年貢米を届けるために創った。帰り船には肥料、塩、酒が満載されていたという。船の往復道中の安全を祈願したのである。

「毎年一度や二度の水騒ぎは屹度ある。未曾有の出水と言ひ何十年振の損害と言ふもの殆ど月並的になった。一向に未曾有らしくも、何十年振りらしくも響かぬやうになった。天変地異が月並になるやうな国も困ったものだが日本人が天然に対する奴隷的服従の辛抱力は寧ろ驚嘆に値する。(昭2・9・24 大阪朝日 天声人語)」

西日本豪雨は色々のことを考えさせてくれる。亡くなられた方の御冥福を祈るとともに、被災者の復旧が早からんことを願うばかりである。

7月:頭の若さを保つには

更新日:2018-7-1

人生90年。あたまの働きをいつまでも若いままで保つには、どうしたらいいか。
パズルやゲームをするのがいいという。クロスワードパズルは記憶している言葉が沢山ないと解けない。ジグゾーパズルは絵を組立てるもので、なかなか頭を使う。

スウドクパズルというものがある。3×3や5×5の箱の中に、行と列で同じ和になるように数字を埋めていく。同じ数字を使えない。通勤電車のなかで、60歳を越した紳士がひとり、脂汗をかきながら顔をゆがめて解いている。楽しんでいるのか、苦しんでいるのか解らない。幾つかの駅を乗り過ごしてしまったようだ。バツの悪そうな顔をして、頭をかきながら降りて行った。スウドクパズルは左脳を活性化し、情報を組み立てる力を養うとされているが、本当に脳の活性化につながっているの だろうか。

先日、ある人との話。30分歩く。その間に、何人に行き会ったか。男性は何人。女性は何人。電柱は何本あったか。右に何本。左に何本。何台の自動車が通ったか。トラックは何台。ナンバープレートの末尾0は何台通ったか。 頭の老化を防止する方法は何処にでもある。何時でもできる。いろいろのことに興味を持つことである。

わが国には古くから、優雅な脳の老化防止ゲームがある。
謎かけ問答。「富士の白雪とかけて 難しい謎と解く」 ノーへ節で名高い富士の白雪。外国からも観光客が、富士を眺めにやってくる。「その心は めったに解けない」 万年雪を頂く雄姿は昔から人々に愛され、わが国の文学には欠かせない崇高な舞台を提供し続けている。心のよりどころにもなっている。

 「言葉しがらむ唐糸(からいと)のとくにとかれぬ下心」 その心は「恋」
近松門左衛門の浄瑠璃にも「恋といふ文字の字なりを判じ物、言(ことば)しがらむから糸の、解くに解かれぬ下心、いとをしや虎小将」とある。

脳の活性化に、古典的な謎かけをいくつか提供したい。

明日の天気とかけて 風呂敷つつみと解く その心は(出典:対馬)

上手の相撲とかけて 千手観音と解く その心は(出典:難波みやげ)

義経の果てとかけて 八重垣姫の話と解く その心は(出典:団15 )
(兄頼朝に追われた義経は、最果の地へ。八重垣は上杉家の姫で、武田勝頼の許婚。)

どんな明(迷)解が出ますことやら。江戸の粋人の謎かけに挑戦し、若返ってみてはどうだろう。

6月:忘れた頃にやって来た「はしか」騒動

更新日:2018-6-1

沖縄で端を発した麻疹(はしか)が関東や東海でも流行り出した。

台湾の旅行者から沖縄で流行。沖縄を旅した人が名古屋市内の医療機関を訪れ、患者を介して感染が広がった。同時に、沖縄から川崎や東京へも人を介して広がった。二次感染、三次感染である。

麻疹は空気感染。免疫のない人は 95 %発症する。涙や鼻水が止め処なくでるカタル症状で始まり、高熱が出る。一旦解熱し口腔に白い斑点(コプリック斑)が出るのが特徴。再び発熱し、耳の後ろや頸部から発疹が始まり頭から全身に及ぶ。四―五日で解熱する。

文久二年(1862)、「流行はしか合戦」という江戸瓦版がある。

 「体に入て乱をなすとかや。ここは麻疹の判官やみつきと申すものあり。一族の病おわす。闇の熱蔵。汗かき暑中攪乱。大暑業病の太郎 大熱症。かん斎疳の虫蔵咳の出太郎 筋骨吊り右衛門 腹痛ん大逆上 のぼせの助を始めとして 麻疹に従ふ病勢 我も我もと馳集まり 人間界の十鳥たる五臓六腑の体内城にぞ 攻め寄せたり。先陣の大将粗闇捏造汗かき その日の井出達には 緋色の鎧 熱湯の兜を頂き 火炎の熱気を火の車のごとく振舞わし いざ一番乗りとぞ 呼ばわったり。」

麻疹の症状が面白おかしく説明されている。
後半には、 「いよいよ麻疹の一族段々蔓延りて 広き世界満ちたりければ 貴賤の男女その数何百万といふを知らず。中には 彼がために命を失ひ 渡世に差し支へ 難渋するもの少なからず。(以下略)」

麻疹で命を落とすこともある。この後、これを防ごうとする努力が戯曲風に描かれている。
江戸時代では、麻疹は大病であり余病を併発する基でもあった。

予防接種の普及で麻疹の発生は著しく減少し、WHOは日本を麻疹を「排除した国」(地域流行が一年以上ない)に指定した。今や「輸入麻疹」が主。麻疹流行が一年以上続くと認定は取り消され、感染流行国とされる。

二回のワクチン定期接種と、麻疹が疑われる場合にはまず電話で病院に相談し、直接人と接するのを避けることが大切である。麻疹排除国を取り戻したい。

5月:幸運を運ぶ「つばめ」

更新日:2018-5-1

今年も燕が飛来する季節がやってきた。燕は縁起のいい鳥、幸運の鳥である。軒先に巣をかけるのは縁起が良い。商売繁盛、健康のもとと受け止めている地域が多い。都会では、残念ながら、昔ながらの軒先に燕が巣をかける姿を見かけなくなってしまった。家の中には広い土間がなくなり、軒先にも新しい巣を作る場所がなくなってしまった。

神奈川県や岡山県などでは、燕が 10 年間巣を作り続けている家では、子安貝などをその燕の巣に入れていたそうである。火災もなく、無病息災で過ごしてきた日々を、燕にお礼するためである。新潟県、長野県、山形県、福岡県など多くの地方で、稲田の上を飛びまわる燕に、豊作を祈願するところが多い。

また、燕は占い鳥でもある。東海地方では、「雨降りなんとするに、此の鳥雲中にて翻り飛びて啼く。」と雨占いに一役買っている。

つばくらめ御簾(みす)な汚しそ玉鉾(たまほこ)の
道の泥濘(ぬかり)を巣に運ぶとて
むかしの歌とかや。玉鉾は道にかかる枕詞。雨後に道の悪しくて泥などあるを、ぬかりといふ。吾妻こと葉なれど、よきこと葉と言えり。

安原貞室  片言(慶安三年 1650)

燕よ。公家の家に巣をかけるとき、運んできた嘴の泥をすだれの上に落として、汚さないように用心して飛びなさい。

燕の飛び交うのをこよなく待ち望んでいた公家。嘴に含んだ泥が公家の簾を汚さないかとハラハラして見ている。我が子のように心配している。燕へのやさしい思いが眼に浮かぶ。幸運を運んでくる燕。昔の田舎のどこにでもあった風景。今でも見られるのだろうか。

4月:川診同窓会

更新日:2018-4-1

3月初めに川口診療所の同窓会が行われた。久しぶりに寺島先生のお元気な姿を拝見した。

私が診療所に勤務し始めたころに勤めていた看護師さん、事務の方、技師の方、組合生協の方など多彩な顔ぶれ。総勢15名程度が集まって、旧交を温めた。生憎の雨。寺島先生は、暦年齢とは反対に、お元気に活躍中。私も一層頑張らなくては……と感じ入った次第。

七十に満ちぬる塩の浜びさし  久しくなりぬ和歌の浦なみ  細川幽斎

出席した皆さんは、食事をとることも忘れて、川診の将来を真剣に語り合ってくれた。医療・介護のシステム。現行の地域包括医療制度で、日常生活を楽しく過ごせる、誰でもが気軽に利用できるデイケアにすることが大切である。利用する人々が中心になって、職員と共に充実したプログラムを作り上げていくことが重要な課題になる。デイケアの再建は、待ったなし。広く英知を集めて、どこにも負けない施設を作り上げたい。

隅田川深かれとても書き置かず  人波の水茎のあと  源 光豊

深い思い、人並みの思い。考えはさまざま。若い人から年を召した人まで、地域の多くの人々から、色々な建設的な意見を頂きたい。

更に、協同病院と診療所の役割分担についても、熱い議論が続いた。病院の大方針に診療所のこれからの計画をどう合わせていくのか。幹となる基幹病院との堅固な繋がりの重要性も強調された。信玄公の言「危うからざる備へ立て。」偉大なる戦国武将は、自国民のみならず他国民からも「勝利疑ひなき御定」と尊敬されている。いにしえびとの英知を学び取りたいものだ。

川診のOBは健在だ。将来の川診の夢、協同病院との連携、更に我が国の医療のこと。みんな、川口診療所を深く愛し、色々のことを考えてくれている。寺島イズムが息付いていることを強く感じた一日であった。

頼みつつ民のたのみ田堤(つつみ)の田

みんなで支え合い、みんなで作る田園風景。これは回文といって、上から読んでも下から読んでも同じになる。江戸の遊び心である。

皆さんからの一層のご支援をお願いしつつ、稿を閉じたい。

3月:武見国際シンポジウムからのメッセージ

更新日:2018-3-1

世界各地で経済格差がみられる。貧しい地域では豊かな所に比べ喫煙者が多く、肥満者が沢山見られる。平均寿命も短い。先日参加した日本医師会・ハーバード大学 国際シンポジウムの席上で示された多くのデータが、如実に実情を物語っていた。

やがて再び東京オリンピックの年を迎えるが、過去二つの大会での教訓が示された。ロンドンオリンピックでは、開催直前に食中毒が発生した。新しい検査法が開発され、その後の感染症のアウトブレークを抑え込んだ。しかし、大会後、英国内に運動は普及せず、オリンピックが国民の健康を向上させることには役立たなかった。

リオオリンピックでは、開催に先立ち病院に新しい医療機器が準備された。外国から押し寄せる多くの人々に対応するものである。電子カルテも導入した。健康状態の情報のデータを持参すれば、ブラジル人以外へも円滑に対応できた。オリンピック後に、医療機器はリオ市内の病院で利用され、電子カルテもそのまま医療に導入された。残念なことに汚職スキャンダルが発生し、財政の緊迫に拍車をかけたのは新聞で報道された通りである。

わが国では、今やITの活用が花盛り。疾患の発症を予測する試みがある。ゲノム情報を含めてビッグデータの蓄積ができ上がり、認知症や糖尿病などでは75%程度の確率で疾患の発症や進展が予測できる。発育期や子供の頃からの生活習慣を見直し、成人期に病気が発症するのを遅らせようとの研究は順調に進んでいる。また、病気を重症化させない疾患修飾薬の研究も始まっている。

独居の人にはAI見守りセンサーをつけ、日常生活の活動量を観察する。運動量が低下してきた場合には、向こう三軒両隣の人々が積極的に生活支援やリハビリ援助などに加わる。地域の中にお互いの健康を管理するシステムが出来上がった。

日本を参考にして、世界各国で独自の健康管理のプログラムが始動している。日本の研究を国内のみでなく、他国の人々へも平等に役立てて欲しいという要望も強い。

皆さんには、最先端の科学の進歩を健康管理に積極的に取り込んだやり方で、満足できる健康寿命を維持していただきたい。

2月:桃太郎の教訓

更新日:2018-2-1

朝日新聞の天声人語に福沢諭吉が語ったという言葉が載っている。

「ももたろふが、おにがしまにゆきしは、たからをとりにゆくといへり。けしからぬことならずや」

鬼が島にある宝は、鬼が所有しているもの。理由なく取り上げてしまう桃太郎の行動には正当性があるのだろうか。盗人か強盗である。鬼にも妻や幼い子供がいるかもしれない。ここまで考えてくると、皆さんは鬼退治に賛成しただろうか。桃太郎は悪人だというわけである。鬼は何故悪者なのか。別の見方をすると、見えないものが見えてくる。自分にとっての正義は、他人から見ると理不尽に映ることもある。

甲子園の名物高校野球に、タイブレーク性を導入するという。9回まで勝負の決着がつかないと延長戦になる。15回でも勝負がつかなければ別の日に再試合をする。勝敗が決まるまで試合を繰り返すのが、スポーツの原則である。これが、ファンの気持ちを掻き立ててきた。タイブレークの導入は野球の面白さを半減し、導入悪だという意見もある。

今までにも、延長戦や再試合は、決められた期間内での運営に少なからず影響を与えてきた。しかし、高校生の体力の消耗や疲労により身体を壊し、将来の有望な若人の芽を摘み取ってしまうと選手を気遣う声が昔から多くあった。観客の視点のみではなく、選手の側から見た健康管理法を考えることも必要だ。

松下幸之助翁は「素直」という言葉を重んじたという。素直に他人の言葉に耳を傾け、周囲の意見を謙虚に取り入れて考えれば、必ず解決の道が開ける。今の時代に、改めて噛みしめたい言葉である。

1月:水沢腹堅(すいたくあつくかたし)

更新日:2018-1-1

謹賀新春。おめでとうございます。昨年遅れからインフルエンザが大流行しております。学級閉鎖をして対応している小学校も見られます。熊本大地震のために沢山のワクチン工場が壊れ、ワクチン製造ができなくなってしまったのが一因のようです。

診療所やデイケアを日頃からご利用いただき、有難うございます。昨年の暮れのクリスマス会には沢山の方々にご参加いただきました。みんなで大声を出して歌い、落語を聞いて笑い転げ、楽しいひと時を過ごしました。準備および進行をしてくださった組合員の皆さん、また、お忙しい中を最初から最後まで同席して頂いた矢野議員に感謝しております。この会も年を追うごとに盛会になり、大切な年間行事の一つとなっております。

年が明けて、また、一つ年を取りました。「年を取る」ということは、現在の年齢から一つ差し引くということで、一歳若返るという意味です。元気が湧いてきます。

今年は戌(犬)年です。戌年は財宝を招き金持ちになると言われています。夫婦は円満。子孫には有名な人が続出するそうです。沖縄では、犬の夢を見ると吉事が舞い込むと信じられています。楽しみな年になりそうです。

 犬は最も人間に親しい動物。古代には犬飼部という職業団体があり、犬の飼育訓練をしたという記録があります。貰ってきた子犬がなつくようにするには、床下の土を少し食べ物に混ぜる(熊本、山形)とか、黒砂糖を食べさせる(愛知)という俗信が残っています。犬の張子を枕元に置くと子供はよく成長すると言われています。犬にまつわる民話や伝説がいろいろなところで見られます。

新玉に、皆さんは何を期待するのでしょうか。どんな決意をしたのでしょうか。

氷が厚く張り寒い日が続きます。ご自愛ください。

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