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所長コラム(バックナンバー)

10月:聞くべし。見るべし。得べし。

更新日:2019-10-1

十三世紀初頭、中国で修業した後、日本で活躍した思想家 道元禅師の説教を記した「正法眼蔵随聞記」に、

個人の云はく、「聞くべし。見るべし。得べし」。また云はく「得ずんば、見るべし。見ずんば、聞くべし。」

という一文がある。

物事を決めるときには、「他人の話をよく聞き、自分の目で確かめ、自分で納得する」のが一番いい。これが最良であることは言を俟たない。しかし、世の中はいつも順調にいくとは限らない。いろいろな障害は大なり小なり必ずある。「手に取って確かめることができなくとも、自分の目でよく見る方がいい。ものが目の前になくて触れられない場合には、他人からいろいろと聞き出すのがいい。」

まがい物が横行する現代にも通じる処世訓である。買い物をして、家に帰って良く考えると無駄であったと反省することがある。現在は、クーリングオフ制度ができて、売る方も買う方も納得できるようになったのは、人聞の知恵・工夫の賜物である。

しかし、人事が絡むと厄介である。連日、新聞・テレビが姦しい。海の向こうの話ではあるが、台風のような激しい波風に国が揺れている。騒ぎはいつ収まるのだろうか。一旦決めた人事は、買い物のようには簡単にはクーリングオフができない。歴史が絡むと一層厄介である。国家聞の約束事も、何の考慮もなく破棄しようとする時代。腕力で解決したらどうかと、物騒な意見も飛び出す。行動の前に、まず熟慮を。

「聞くべし。見るべし。得べし。」 先人の知恵を借りたい。

9月:「風土記」に親しんでみては如何でしょう

更新日:2019-9-1

我が国の統治が安定してきた8世紀中ごろ、大和朝廷により各地の地理志の報告を求める官命が発せられた。 国内の政治、経済の状況を把握しようとした。
「風土記」の編纂である。

各々の土地の構成、集落の広さ、その土地の産物、出土品などが明記され、土地の名前の由来などが記されている。

出雲国風土記の一節。

宇賀の郷(さと) 郡家(こほりのみやけ)の西北17里25歩なり。「女神、肯(うべな)はずて、逃げ隠れましし 時に、大神旬い求(ま)ぎ給ひし所、此れすなはち是の郷なり。」

求婚された女性が逃げ隠れ、男が探し求めるという婚姻習俗があったことがわかる。女性が男性の誠意を探る習慣と考えられている。

「あけぼのに忽(たちま)ち白き烏あり。北より飛び来りてこの村に翔(かけ)り集ひき。
鳥、餅と化為る。片時の間に、更に芋草数千許株と化(な)りて花葉尽に栄えき。歓喜びて豊国と日ふ。」
この土地にはない餅の作り方や芋の作付けなどの技術を持つ集団が住み着いて、地方を豊かlこしていく過程もわかる。

常陸国風土記には、胸躍らせる描写もある。甘く漂うロマンの香り。

「相語らしく欲(おも)ひ 人の知らむことを恐り、松の下に隠る。玉の露おく秋の暮、明らけき照らすところは、鳴く田鶴の帰る巣なり。さやけき松風のしのぶ処は、度る雁のゆく山なり。タは寂莫かにして巌の泉旧(ふ)る。」

松の下に隠れて、暮れ行く秋空を眺めながら恋を語らう。澄み渡る空に連なる渡り鳥を配すなど一服の絵のようだ。

風土記は、面白い読み物である。

8月:今も昔も

更新日:2019-8-1

寛和(986年)頃のはなし。

「夏の公事の日に、紫宸殿の北戸を披(ひら)きて涼風を帯びらる」。藤原兼家が襟首(袵おほくび)の紐を明け放って一条院を抱き上げた。「脇戸よりさし出ださしめ給ふに、諸卿皆敬ひ候ふ。私(ひそ)かに云ふ。此の儀あまりなり。」

夏の暑い日に紫宸殿の扉を聞いて涼しい風を送り込んだ。この時、藤原兼家が幼少の天皇を抱き上げて、脇戸か ら外を眺めさせた。居益ぶ諸侯は、一応は平伏して見せたが、腹の中では、乱れた姿で幼少の天皇に接するのは、礼儀を失すると感じている者が多くいた。注意の言葉もかけず、陰であれこれと悪口を言うのは、いつの時代でも同じのようだ。

また同じ頃、兼家は烏帽子(えぽし)を被ってはいるが、衣服の紐は結ばず玄輝門から入った。近くに住む孫娘の家で冠を改め、正装姿で入内した。蔵人頭の実資(さねすけ)に「門の辺において逢い奉るに、深く揳(いつ)して居せず。入道殿(藤原道長)袵(おほくび)を指して礼節をせしめ給ふ。」

実資に会った兼家が路答礼をしない。摂政である実資は冷静で怒ることも無く、居を正し礼節を尽くして挨拶をした。対照的に、兼家は大物ではあったが、何とも反応の鈍い、組野で無作法な人。何処にもでも見られる光景ではある。息子の道長が、実資の礼節を守り、綱紀を引き締めた。「古事談」では、兼家の顛末を語ってはいない。

「大鏡」によると、兼家は別邸の法興院(ほこいん)で病を得、「御枕上なる太刀をひき抜かせたまひて」物の怪と 争うなど、理解しえない行動を繰り返して失せたという。

華やかな世界の裏が垣間見えるものがたりである。

7月:平安朝の夏

更新日:2019-7-1

七月ばかり、いみじう暑ければ、万の所開けながら夜も明かすに、月の頃は、寝驚きて見出すにいとをかし。闇もまたをかし。育明はた言ふもおろかなり。

御簾をあげて涼をとろうにも七月の暑さ。微風すら吹かない夏の夜。一睡もできない真っ暗な夜。月の夜は、花や木枝を愛でながら散策する。また、あさぽらけの空気を心から楽しむ平安人。

扇もうち忘れたるに、汗の香すこし抱へたる綿衣の薄きを、いとよく引き着て、昼寝したるこそをかしけれ。

暑い夏の日に扇子を忘れてしまうと悲劇である。汗臭い十二単に身を包んだまま昼寝をする。シャワーもないし、辛い。

いかなるわざをせむと、扇の風もぬるし。氷水に手を浸し、もて騒ぐほどに、こちたう赤き薄様を唐撫子のいみじう咲きたるに結び付けて、

暑いさなかに、扇の風だけでは涼がとれない。氷水に手を入れて冷たいと言って、無邪気に騒いでいるところに、一通の手紙が届く。真っ赤な唐撫子に結び付けた、真っ赤な紙。暑い中で、汗を拭き拭き書いたひとの思いやりが伝わってくる。

かつ使ひつるだにあかずおぼゆる扇もうち置かれぬれ。

氷を持ちながら、他方の手で何となく仰いでいた扇を、思わずそばに置いてしまうほど衝撃的な赤であった。

平安朝の夏の過ごし方が解る一文である。クーラーもない時代の京都の夏は格別暑い。明け方近くの山の稜線は紫立った靄に霞む。彼誰時を楽しむ優雅さ。

冬の田に水を一杯張り凍らせる。その氷を氷室に大切に保存し、夏に少しずつ切り出して、涼を昧わう。源氏ものがたり総巻などにも描かれている。古くから伝わった知恵。

古代の平安の色彩は鮮やかである。薄紫、葡萄染、萌黄、朽葉、桜、紅梅、藤、二藍、枯野、大海、躑躅、青朽葉、刈安染など様々。当時、既にこのような色を作り出す技術が完成され、着物や和紙などに鮮やかな色付けがなされていた。色彩感貨は現代人よりも鋭くかつ繊細で、情緒的である。

今の時代に平安人の感性を昧わえるだろうか。

6月:認知症を防ぐ

更新日:2019-6-1

連日のごとく高齢者の自動車事故の記事が紙面を踊っている。原因はアクセルとブレーキを踏み間違えたものがほとんどである。世界のどの国の自動車会社も、高齢者の急増を予測できなかった。スピードと美しさに目を向けたために、高齢者の運動能力が鈍くなったことを補うことができる自動車のシステム開発を完全に怠ってしまった。今や自動車は走る凶器と化した。

我が国の認知症は約300万人。2年ごとに2倍に増加すると言われている。75歳以上の人口の25%が認知症であり、令和12年(2030)までには35%に達するという。認知機能は、誰でも加齢に伴って低下する。日常生活に支障がなければ以上とは言えない。毎日会話を交わす隣人の名前が思い出せない、今日友人とレストランに行ったことを忘れてしまう、買い物で代金を支払わずに帰ってしまうなど、生活へ影響が出た時には認知症を疑う。

政府は令和7年(2025)までに認知症の数を6%減らすという努力目標を打ち立てた。

認知症では他人の協力が必要になる。向こう三軒両隣。一寸おかしいなと気付いたときには声を掛け合う。物忘れ健診で認知症の疑いの人を見つけ支えるシステムを、地域で作り上げることが重要である。ある地域では軽い症状を含めると、65歳以上で30%の人が認知症であった。

認知症は自分で予防できる。生活習慣を見直すことから始める。30歳代からコレステロールや肥満に注意。70歳以上では食事の制限はしない。運動はダンスがいいらしい。男女で会話を交わし、コミュニケーションを図りながら心をときめかし、短時間でも若返るのがコツ。ポリフェノールを飲みながら、知的活動で頭に快楽刺激を与えると認知症は発症しないという。

一寸した日常生活の工夫で認知症を防ぐことができる。

5月:平成から令和へ「令和元年への期待」

更新日:2019-5-1

五月元日から新年号が「令和」に変わる。平成天皇が退位のご意向を示されたのが9年前。新天皇に家督を譲られることになる。

平成は、31年間文字通りの戦争のない平らかな時代が続き、国民は心から平和を満喫した。文化を尊重する時代。女性が活躍できる時代。誰もが自分の可能性を引き出せる世の中。自分と共に他人の幸せをも喜べる時代。手を取り合って和を尊ぶ。災害のない時代。自然と歩む時代など。新時代の到来を待ち兼ねたかのように、新聞には多くの人々が思い思いに、夢と希望を託した意見を寄せている。

「令和」は大伴旅人が太宰府長官の時に、詩歌を詠んだその序文から引用されたものだという。穏やかな暖かい陽のさす庭で談笑する万葉人の光景が目に浮かぶ。

「初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」
(春の風がほほをやさしく撫で、ひらひらと散りゆく梅の花と蘭の香りが周りを包む庭。そこで近しい友人と酒を飲み交わす。) 「令和」は「令月風和」とも呼ばれる。

歴史的に見れば、代始改元、祥瑞改元や災異改元など、世の中の大きな事件に合わせて年号が変えられた。今回は退位改元であり、我が国の元号制定から248番目にあたる。

平和の時代の改元は珍しい。平成天皇が国民に語り掛けたように、戦争のない社会を永遠に作っていくのは、我々の責務である。これはまた、聖徳太予の「和ぐを以て貴とし、杵ふること無きを宗とす」(和を重んじ、逆らうことをなくせ)と願いを込めた心にも合致する。

穏やかに過ごせる時代が永遠に続くことを心から願ってやまない。

4月:失われゆく卯月の伝統文化

更新日:2019-4-1

野原にれんげや菜の花が咲き、山肌の色をつつじが鮮やかに変える頃、川口の西口公園でも若葉の匂いに満たされる。ある山村では、子どもたちが山から積んで持ち帰ったつつじ花を高い竿の先端につけて立てる行事がある。つつじは「お天道様(太陽)に捧げる花」という習わしが受け継がれている。

卯月(四月)八日は釈迦の誕生を祝った甘茶で擦った墨で、

    ちはらぶる卯月八日は吉日よ  神さけ虫を成敗ぞする

と書いて雪隠(トイレ)に貼っておくと、かみさげむし(うじむし)が湧かなくなると信じられていた。今では、水洗トイレになり、笑い話になってしまった。

「山登り」とか「山いさみ」という行事がある。弁当をもって山に上り、彼方に見える海や遠くの街を眺め、頂上の嗣の神にお参りをする。一寸したハイキングである。「青山越え」では、若い娘が三々五々山を登り、青柴を折り持ち帰る。この娘たちが田植えをする。

児童唱歌にも「早乙女が  裳裾濡らして 玉苗植うる」と歌われているが、田植え行事は、「青山越え」を済ませた早乙女だけが行う田の神を迎える神事であった。「歌をうたい早苗を植うる」とあり、賑やかだった。普段でも田植え歌を口ずさむことが口癖になっている。

    早乙女は  子を寝かすにも田植え歌

東北地方に「えぶりすり」という踊りがある。藤九郎という植え田踊りをする道化集団が、変わった烏帽子に白兎や矢の絵を描き、五葉松の枝や扇をかざして舞い狂う。笛を吹き、鍬の柄をたたき、馬の鳴輪などで拍子をとる。 稲作りの作業を模して賑やかに踊る。「えぶりすり」は田を均す農具のことである。踊りは農耕が暇な新春に行われていたようだ。

今ではどのくらいの行事が受け継がれているのかはわからない。若者を呼び返す地方興しの行事が盛んになるといい。

3月:かぐや姫の悪戯

更新日:2019-3-1

二月の初旬には暖かな日が続いた。このまま春に突入するのかと思われたが、自然はそれ程甘いものではない。 中旬になり急に寒波が到来し、降雪に見舞われた。自動車の追突やハイヒール姿の友性の転倒が、各地の話題として、テレビに映し出されていた。

三寒四温という語がある。次第に春が近づく二月から三月に用いられる言葉である。実際にはどうか。調べた人によると、一寒一温が40回。一寒二温 25回、二寒一温 24回。三寒四温は何と7回しかなかったという。 少しず つじわじわと春はやってくる。皆が待ちわびる気持ちを表すのには、やはり、三寒四温がいい。

「雪月花」は白楽天が友に贈った詩にみられる。雪は冬に降り、春には跡形もなく解けてしまう。月は満ちては欠け、花も一瞬の盛りを過ぎれば散り果てる。自然の美しさが時間と共に姿を刻々と変えて移ろい行く。しかし、無くなることはなく、毎年繰り返す。壮大な自然を愛でた一節である。

アポロが持ち帰った石。分析をすると、月の成分とは違って、地球の岩石と同じものが沢山出てきた。隕石が地球に衝突したときに周囲に飛び散った破片が、月に飛んで行ったものだという。月の写真を大きくすると、色々な文字が浮かび上がる。太陽の光がクレーターに当たって「LOVE」という字に読める。ひょっとすると、自分の名前があるかしれない。月で遊ぶかぐや姫の悪戯である。楽しい話だ。

冴えわたる月も、やがてはおぼろ月に変わる。日本人が心から愛でる桜の季節は、間もなくやってくる。生命の躍動が始まる時でもある。

さあ、外へ出て春の息吹を感じよう。

2月:謎のバンクシー事件

更新日:2019-2-1

昨年、邦貨にして一億五千万円の絵「少女と風船」(作者はバンクシー)が英国で切り刻まれて、話題になったことがある。オークションの現場で落札された直後に、絵が突然自動的に動き出し、絵の下半分が短冊状に切り刻まれてしまった。当然、会場は騒然となった。「愛を切り刻め。ディレクターズ カット」という作者のメッセージもついていた。

バンクシーという画家は英国を中心に、世間を騒がせている芸術家で、氏名・性別・年齢など素性は不明。謎の人物である。あちこちのビルの壁や道路上に絵を描く。カンバスには反戦や反権力的な絵画を描き、高値で取引されている。

折角描いた絵をオークションの時に切り刻む。作品価値を高めるための自作自演だったのか。そうだとすれば、自分の創作力に陰りが出てきたことを自覚したためだと言える。

さて、先日羽田に向かうゆりかもめの駅近くに張リ巡らした防潮扉の一角に「ねずみが傘を持っている絵」が描かれていた。A4サイズほどの小さい絵。見つけた人がバンクシーの絵に類似していると気付いた。色々の人が鑑定を試みているが、どうも本物らしい。バンクシーが来日していたのか。しかし、絵を描いている姿を目撃したという人は現れていない。英国で扉に描かれたものを輸入したが、途中では作業員が全く気付いていなかったのか。勿論、防潮扉の輸入経路などをこれから誰かが詳細な調査を始めるだろう。

日本でも、文化財を修復するときに、天井や襖裏紙に当時の職人が描いた絵が見つかることがある。茶飲み時間に描いた絵が、何百年後に世間の話題になるとは想像もしていない。

謎が謎を呼ぶ。ビルの壁や道路に無断で「落書き」をするのは違法である。バンクシー事件は人騒がせではあるが、「罪のない遊び」で人の心を和ませる話題でもある。

1月:あづきがゆ

更新日:2019-1-1

明けましておめでとうございます。
新しい年を如何お迎えになりましたでしょうか。

兼好法師は、「かくて明け行く空のけしき、昨日に変わりたりと見えねど、引き替えめづらしき心ちぞする。大 路のさま、松立てわたして花やかにうれしげなることこそ、又あはれなれ。」と新年の感想を述べています。暮れは遅くまで人が慌しく働き行き来していた。朝になり門松が連なり、人も華やかに着飾って歩いている。 空を仰ぎ見れば、特別に変わったこともないのに…。兼好法師独特の皮肉であるが、正月を無事迎えられた清々しい気持ちは素直に伝わってくる。

十五日は小正月。普段忙しく働く女性は料理を作らない。
男性が小豆粥を作って振舞う。来訪神が門付けをして回る日でもある。鹿児島県では「穂垂れ節句」と言って、十四日に白粥に大根を大きな短冊形に切り、ナマスに添えて食べる。
十五日の朝にはお粥を食べる。小鳥がまだ鳴かない早朝に炊き、冷まして食べる。
粥をフーフー吹いたり、食べた後の食器をすぐ洗うと、風水害に見舞われるという。
紀貫之も「今日 小豆粥煮ず。口惜しく、なほ日も悪しければゐざるほどに」と小豆粥を食べられないことを残念がった。土佐の任官を終えて、京に上る日だったからである。

今でも良き正月の行事が残されているのだろうか。

12月:信玄公の願文

更新日:2018-12-1

昔の武将は、出陣の勝利、家族・一族の安全、自国の安寧など、様々なことを神社仏閣に願を賭けた。勝利のみが自分の広大な領土を安定させる唯一の道であり、隣国から何時戦いを挑まれるかも解らない。多くの財や馬などを奉納し、不安に満ちた心を静める手段は他にはなかった。

医局に入りたての頃、山梨の病院に出張した。戦国武将 武田信玄。地元の信玄ひいきは大変なものである。山国で産業もない山梨。信玄は活路を外に求めた。民を飢えさせてはならない。自活するには周りを攻めて、他人の富を奪い取るより他に道がない。武田の武士集団は、強くならざるを得なかった。その頂点に君臨したのが信玄。威厳のある近付き難い画像が残されている。

徳栄軒信玄息女 闘病平癒 息災延命

一、来る六月息女富士参詣のこと

一、于士峯半山室において苾蒭衆を請い、五部の大乗経読誦のこと

一、神馬三疋献納のこと

右三ケ条の旨、相違なく社納せしむべきものなり

娘の病気が治ったら、六月に娘自身が富士山に参拝する。富士山は木花開耶姫命(このはなさくやひめ)を守り、病気平癒、安産に利益がある。火山は出産を意味する。更に、富士山中腹の洞穴で、僧侶に依頼し五部の大乗経を読むこと、三頭の神馬を納めるとの誓いを立てた。信玄も人の子。娘の病気の平癒を富士浅間大菩薩神社に祈願した自筆の願い文が残されている。

11月:全国介護老人保健施設大会に出席して

更新日:2018-11-1

10月に、全国介護老人保健施設大会が大宮ソニックシティで開催された。

樋口恵子氏の特別講演会を聴く機会が持てた。既に厚労省などで報告している我が国の65歳以上の高齢者の現状分析が示された。老々夫婦は31% 男性または女性のみの一人暮らし27% 親と未婚の子どもの同居が21%という。平均寿命は男性81歳、女性87歳である。女性は夫の死後7年間、独身生活を送ることになる。健康寿命は男性72歳、女性75歳である。残された人生を、男性は9年 女性では12年 身体的に何らかの不自由を抱えた状態で過ごすことになる。

東憲太郎氏は、老健施設の専門職が地域に出向いて訪問活動をして、地域活性化を進める。専門職が介護社会を推進していく役割を担っていると述べていた。

湯沢 俊氏は、埼玉県の75歳以上の高齢者の増加率が日本一であることを示した。
裏返せば、埼玉県の高齢者増加率は世界一。埼玉県の高齢者対策を世界中の人々が注目している。県の施策が成功すれば、世界の高齢者対策の指針になり得るからである。

斎藤正身氏は、高齢者は一人だけでは、遠くへの外出もできない。地域介護予防サロンを開いて、フレイル防止の実践活動をしていることを紹介した。意欲向上・人の繋がり・個性の発現・生活リズムの改善に繋がっている。包括支援は、ケアの援助だけでなく、買物現場に一緒に出向くという互助が大切であることを強調した。
日頃からの隣人との付き合いを深め、心のこもった生活支援をし合うことが、地域の暮らしの基本になる。

山地隆文氏は高齢男性の居場所作り・生きがいを求めて、家内で燻ぶっていることを止め、外へ出る・学ぶ・稼ぐことの重大性を述べていた。男性は女性と違い、自分の家に閉じこもりがち。一歩外へ出て見渡せば、地域の良い点、悪い所が眼につく。
人生の経験者として改めたいことをドンドン提案する。欧米で広く行われているように、良い提案であれば当然何らかの代償を支払うべきだろう。今は、昔のように無償で知恵を拝借できる時代ではない。男性よ、外へ出かけ、地域を活性化しよう。

今までと違った新しい介護の在り方を考えさせてくれた学会であった。

10月:機嫌を損ねた自然

更新日:2018-10-1

6月末 豪雨で西日本に甚大な被害が出た。手作業での復興が進まない中、7月には予想もできない「へそ曲がりの台風」が関東から東海・中国を横断し、九州へと抜けていった。

9月に入り大阪を襲った台風21号。乗用車を薙ぎ倒し、小型トラックを川の中へ吹き飛ばし、多くの屋根を天空に吹き上げた。これまでに見たこともないような暴れ方だ。

何が自然の機嫌を損ねたのだろうか。

「大和の国 添上群(そうのかみのぐん)に、楢山(ならやま)の峯に三町ばかり(約330m) 未申(ひつじさる:南西)に当たりて、小山の 高さ八九尺ばかりなる、生ひたる樹木も働かずしてうつし置きたりけり。其の峯の上に蔵ありけり。蔵の中に仏像ありけり。五箇日を経て、風吹き倒しけり。何の故と知らず。不思議の事なり。」(日本霊異記)

永延2年(988)に起こった出来事である。3m足らずの小さな樹木が茂った小高い丘の上の祠(ほこら)に、小さな仏像が祭ってあった。台風が5日ほど吹き荒れて、仏像を倒してしまったという。その後、天変地異が続き年号の改定に繋がった。実在の話である。吹き荒れる台風には為す術もない。自然の巨大な力に畏敬の念を抱く。思わず、「何の故とは知らず」という言葉になってしまった。

元暦2年(1185)の大地震では、京都で大きな被害が出た。白河、六勝寺、九重の塔は崩れ、得長寿院、三十三間堂、十七間堂など全てが倒壊した。
「皇居をはじめて、在々所々の神社仏閣、あやしの民屋、さながら破れ崩づる。老少共に魂を消し、朝衆悉く心を尽くす。鳥にあらざれば空をも翔り難く、龍にあらざれば雲にも上り難し。」(平家物語)

北海道では震度7の大地を揺るがす大地震が起き、余震は未だに収まっていな い。6月18日 震度6の地震が通勤時の大阪を襲った。北海道大地震の予兆であったのかもしれない。しかし、今となっては「後出しジャンケン」。何の役にも立たない。鳥や龍になって現場から逃避したいという平家物語の作者の心情は、今日の災害地の状況を言い表している。

一刻も早い復興を願うばかりだ。

9月:共生の時代を生きる

更新日:2018-9-1

日本の総人口は、総務省の統計によると、1億2500万人で、毎年35万人程度減少している。労働人口が減っていくために、国策として外国人を積 極的に受け入れ、昨年は年間17万4000名に達した。受け入れ側の対応は十分できているのだろうか。

学校教育では、日本語が十分理解できないと障害児として扱われてしまう。 特別支援学級に組み入れているところもあるらしい。支援学級に通う日本人の生徒は1・48から2・26%程度で、外国籍の生徒は5・01から6・15%という。現場で指導する先生も大変である。今のシステムでは、日常の生徒への対応に手一杯で、時間外に特別指導する余裕はない。国としての一貫した方針はなく現場にしわ寄せが及ぶ。しかし、教員募集に「日本語を指導する枠」を設けている先進的な市町村もある。普段の授業は日本語で行い、難解な部分は母国語で解説する。複数の言語に堪能な教員が必要になる。巷では多言語を教える学習塾も現れた。

わが国は江戸時代の鎖国政策もあり、他民族を受け入れ難い閉鎖国家として成長し、自国の文化、習慣、価値観などを熟成してきた。四方を海に囲まれた地理的条件も関係している。陸続きの欧米や大陸では人の交流が激しく、いろいろな思想や言語を通じて、広い思考力が培われた。外国には空気を読む、曖昧な表現を忖度するという習慣は育たない。

地域に外国籍の人が住むところが多く見られる。残念ながら、地域住民と外国人とのコミュニケーションは十分とは言い難い。よそ者扱いである。自治会の会合やイベントへの参加、ゴミ出し当番やバザー担当役員などで、地域の生活に早く馴染んでもらう。我々も他国の考え方や習慣を積極的に学ぶ。 共生の時代である。

今は、日本ブーム。外国から沢山の人が来ている。我が国の生活・考え方・言葉・日本の美しさを世界に紹介するいい機会である。昔からの日常生活で養われた奥ゆかしさ、優雅さ・繊細さ、立ち居・振る舞いなど、世界に誇るものは沢山ある。

8月:西日本で未曽有の豪雨

更新日:2018-8-1

6月末から始まった大雨。九州・四国・中国・飛騨地方を中心とした豪雨で、甚大な被害が発生している。残念ながら、死者は220名を越した。

明けきらぬ梅雨前線に台風が加わり、連日の雨。48時間で1、000㎜を超し、50年に1度の気象異変という。長雨が続き、土砂崩れの発生要因が全て揃ってしまった。地表3~4mの表層崩壌のみならず、40m以上の深層崩壌が加わった。気象庁は、早くから大雨特別警報や記録的短時間大雨情報を出し、早期退避するように呼び掛けていた。

 「正常性バイアス」という語がある。過去の経験から判断して、今の状況ならば大丈夫だろうと考えてしまう。現状を甘く、軽く見てしまった。一方、着替えとか飲み水など何の準備もなく、心の余裕を失って慌てふためく人々にとって、大雨の降る暗い夜道を如何退避すればいいのだろう。昔から、非常時の避難方法や家族が離散した時の集合場所などを、平穏な時に話し合っておくように言われてはいるが…。

昔から怖いものとして、地震・雷・火事・おやじといわれるが、水害の話は出てこない。しかし、古事記の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は水を支配する龍神であり、櫛名田比売(クシナダヒメ)は稲田を意味する。足名椎(アシナズチ)・手名椎(テナズチ)の娘7人が大蛇に食べられてしまった。惨事を聞きつけた素戔嗚尊(スサノオノミコト)が、大蛇に強い酒を飲ませて退治し、比売を救う。氾濫する河川を治めた物語である。

江戸時代には、水を支配する魔物がいて人に災いをなし、洪水を呼ぶと考えられていた。浮世絵師 歌川国芳は、魔物と人間の戦う様を生きているように描き出している。頼朝に追われた義経が、船で摂津から西国に逃れる。俄かに空がかき曇り、荒れた海になった。壇ノ浦で藻屑と消えた平氏の亡霊が、襲い掛かる。夜叉と化した平知盛の亡霊が義経を襲う。弁慶が数珠を手に経文を唱えて追い払う。逆巻き荒れ狂う海。

五月雨や大河を前に家二軒  与謝蕪村
(何日も降り続く五月雨のなか、水嵩を増して荒れ狂う大河。対岸には二軒の小さな家が建っており、いまにも流されそうだ。) 蕪村も人間の無力に気付いたことだろう。

埼玉協同病院の近くに水神社がある。県道吉場安行・東京線の芝川橋の袂にある。芝川は享保年間に井沢弥惣兵衛為永が、河岸場から江戸へ年貢米を届けるために創った。帰り船には肥料、塩、酒が満載されていたという。船の往復道中の安全を祈願したのである。

「毎年一度や二度の水騒ぎは屹度ある。未曾有の出水と言ひ何十年振の損害と言ふもの殆ど月並的になった。一向に未曾有らしくも、何十年振りらしくも響かぬやうになった。天変地異が月並になるやうな国も困ったものだが日本人が天然に対する奴隷的服従の辛抱力は寧ろ驚嘆に値する。(昭2・9・24 大阪朝日 天声人語)」

西日本豪雨は色々のことを考えさせてくれる。亡くなられた方の御冥福を祈るとともに、被災者の復旧が早からんことを願うばかりである。

7月:頭の若さを保つには

更新日:2018-7-1

人生90年。あたまの働きをいつまでも若いままで保つには、どうしたらいいか。
パズルやゲームをするのがいいという。クロスワードパズルは記憶している言葉が沢山ないと解けない。ジグゾーパズルは絵を組立てるもので、なかなか頭を使う。

スウドクパズルというものがある。3×3や5×5の箱の中に、行と列で同じ和になるように数字を埋めていく。同じ数字を使えない。通勤電車のなかで、60歳を越した紳士がひとり、脂汗をかきながら顔をゆがめて解いている。楽しんでいるのか、苦しんでいるのか解らない。幾つかの駅を乗り過ごしてしまったようだ。バツの悪そうな顔をして、頭をかきながら降りて行った。スウドクパズルは左脳を活性化し、情報を組み立てる力を養うとされているが、本当に脳の活性化につながっているの だろうか。

先日、ある人との話。30分歩く。その間に、何人に行き会ったか。男性は何人。女性は何人。電柱は何本あったか。右に何本。左に何本。何台の自動車が通ったか。トラックは何台。ナンバープレートの末尾0は何台通ったか。 頭の老化を防止する方法は何処にでもある。何時でもできる。いろいろのことに興味を持つことである。

わが国には古くから、優雅な脳の老化防止ゲームがある。
謎かけ問答。「富士の白雪とかけて 難しい謎と解く」 ノーへ節で名高い富士の白雪。外国からも観光客が、富士を眺めにやってくる。「その心は めったに解けない」 万年雪を頂く雄姿は昔から人々に愛され、わが国の文学には欠かせない崇高な舞台を提供し続けている。心のよりどころにもなっている。

 「言葉しがらむ唐糸(からいと)のとくにとかれぬ下心」 その心は「恋」
近松門左衛門の浄瑠璃にも「恋といふ文字の字なりを判じ物、言(ことば)しがらむから糸の、解くに解かれぬ下心、いとをしや虎小将」とある。

脳の活性化に、古典的な謎かけをいくつか提供したい。

明日の天気とかけて 風呂敷つつみと解く その心は(出典:対馬)

上手の相撲とかけて 千手観音と解く その心は(出典:難波みやげ)

義経の果てとかけて 八重垣姫の話と解く その心は(出典:団15 )
(兄頼朝に追われた義経は、最果の地へ。八重垣は上杉家の姫で、武田勝頼の許婚。)

どんな明(迷)解が出ますことやら。江戸の粋人の謎かけに挑戦し、若返ってみてはどうだろう。

6月:忘れた頃にやって来た「はしか」騒動

更新日:2018-6-1

沖縄で端を発した麻疹(はしか)が関東や東海でも流行り出した。

台湾の旅行者から沖縄で流行。沖縄を旅した人が名古屋市内の医療機関を訪れ、患者を介して感染が広がった。同時に、沖縄から川崎や東京へも人を介して広がった。二次感染、三次感染である。

麻疹は空気感染。免疫のない人は 95 %発症する。涙や鼻水が止め処なくでるカタル症状で始まり、高熱が出る。一旦解熱し口腔に白い斑点(コプリック斑)が出るのが特徴。再び発熱し、耳の後ろや頸部から発疹が始まり頭から全身に及ぶ。四―五日で解熱する。

文久二年(1862)、「流行はしか合戦」という江戸瓦版がある。

 「体に入て乱をなすとかや。ここは麻疹の判官やみつきと申すものあり。一族の病おわす。闇の熱蔵。汗かき暑中攪乱。大暑業病の太郎 大熱症。かん斎疳の虫蔵咳の出太郎 筋骨吊り右衛門 腹痛ん大逆上 のぼせの助を始めとして 麻疹に従ふ病勢 我も我もと馳集まり 人間界の十鳥たる五臓六腑の体内城にぞ 攻め寄せたり。先陣の大将粗闇捏造汗かき その日の井出達には 緋色の鎧 熱湯の兜を頂き 火炎の熱気を火の車のごとく振舞わし いざ一番乗りとぞ 呼ばわったり。」

麻疹の症状が面白おかしく説明されている。
後半には、 「いよいよ麻疹の一族段々蔓延りて 広き世界満ちたりければ 貴賤の男女その数何百万といふを知らず。中には 彼がために命を失ひ 渡世に差し支へ 難渋するもの少なからず。(以下略)」

麻疹で命を落とすこともある。この後、これを防ごうとする努力が戯曲風に描かれている。
江戸時代では、麻疹は大病であり余病を併発する基でもあった。

予防接種の普及で麻疹の発生は著しく減少し、WHOは日本を麻疹を「排除した国」(地域流行が一年以上ない)に指定した。今や「輸入麻疹」が主。麻疹流行が一年以上続くと認定は取り消され、感染流行国とされる。

二回のワクチン定期接種と、麻疹が疑われる場合にはまず電話で病院に相談し、直接人と接するのを避けることが大切である。麻疹排除国を取り戻したい。

5月:幸運を運ぶ「つばめ」

更新日:2018-5-1

今年も燕が飛来する季節がやってきた。燕は縁起のいい鳥、幸運の鳥である。軒先に巣をかけるのは縁起が良い。商売繁盛、健康のもとと受け止めている地域が多い。都会では、残念ながら、昔ながらの軒先に燕が巣をかける姿を見かけなくなってしまった。家の中には広い土間がなくなり、軒先にも新しい巣を作る場所がなくなってしまった。

神奈川県や岡山県などでは、燕が 10 年間巣を作り続けている家では、子安貝などをその燕の巣に入れていたそうである。火災もなく、無病息災で過ごしてきた日々を、燕にお礼するためである。新潟県、長野県、山形県、福岡県など多くの地方で、稲田の上を飛びまわる燕に、豊作を祈願するところが多い。

また、燕は占い鳥でもある。東海地方では、「雨降りなんとするに、此の鳥雲中にて翻り飛びて啼く。」と雨占いに一役買っている。

つばくらめ御簾(みす)な汚しそ玉鉾(たまほこ)の
道の泥濘(ぬかり)を巣に運ぶとて
むかしの歌とかや。玉鉾は道にかかる枕詞。雨後に道の悪しくて泥などあるを、ぬかりといふ。吾妻こと葉なれど、よきこと葉と言えり。

安原貞室  片言(慶安三年 1650)

燕よ。公家の家に巣をかけるとき、運んできた嘴の泥をすだれの上に落として、汚さないように用心して飛びなさい。

燕の飛び交うのをこよなく待ち望んでいた公家。嘴に含んだ泥が公家の簾を汚さないかとハラハラして見ている。我が子のように心配している。燕へのやさしい思いが眼に浮かぶ。幸運を運んでくる燕。昔の田舎のどこにでもあった風景。今でも見られるのだろうか。

4月:川診同窓会

更新日:2018-4-1

3月初めに川口診療所の同窓会が行われた。久しぶりに寺島先生のお元気な姿を拝見した。

私が診療所に勤務し始めたころに勤めていた看護師さん、事務の方、技師の方、組合生協の方など多彩な顔ぶれ。総勢15名程度が集まって、旧交を温めた。生憎の雨。寺島先生は、暦年齢とは反対に、お元気に活躍中。私も一層頑張らなくては……と感じ入った次第。

七十に満ちぬる塩の浜びさし  久しくなりぬ和歌の浦なみ  細川幽斎

出席した皆さんは、食事をとることも忘れて、川診の将来を真剣に語り合ってくれた。医療・介護のシステム。現行の地域包括医療制度で、日常生活を楽しく過ごせる、誰でもが気軽に利用できるデイケアにすることが大切である。利用する人々が中心になって、職員と共に充実したプログラムを作り上げていくことが重要な課題になる。デイケアの再建は、待ったなし。広く英知を集めて、どこにも負けない施設を作り上げたい。

隅田川深かれとても書き置かず  人波の水茎のあと  源 光豊

深い思い、人並みの思い。考えはさまざま。若い人から年を召した人まで、地域の多くの人々から、色々な建設的な意見を頂きたい。

更に、協同病院と診療所の役割分担についても、熱い議論が続いた。病院の大方針に診療所のこれからの計画をどう合わせていくのか。幹となる基幹病院との堅固な繋がりの重要性も強調された。信玄公の言「危うからざる備へ立て。」偉大なる戦国武将は、自国民のみならず他国民からも「勝利疑ひなき御定」と尊敬されている。いにしえびとの英知を学び取りたいものだ。

川診のOBは健在だ。将来の川診の夢、協同病院との連携、更に我が国の医療のこと。みんな、川口診療所を深く愛し、色々のことを考えてくれている。寺島イズムが息付いていることを強く感じた一日であった。

頼みつつ民のたのみ田堤(つつみ)の田

みんなで支え合い、みんなで作る田園風景。これは回文といって、上から読んでも下から読んでも同じになる。江戸の遊び心である。

皆さんからの一層のご支援をお願いしつつ、稿を閉じたい。

3月:武見国際シンポジウムからのメッセージ

更新日:2018-3-1

世界各地で経済格差がみられる。貧しい地域では豊かな所に比べ喫煙者が多く、肥満者が沢山見られる。平均寿命も短い。先日参加した日本医師会・ハーバード大学 国際シンポジウムの席上で示された多くのデータが、如実に実情を物語っていた。

やがて再び東京オリンピックの年を迎えるが、過去二つの大会での教訓が示された。ロンドンオリンピックでは、開催直前に食中毒が発生した。新しい検査法が開発され、その後の感染症のアウトブレークを抑え込んだ。しかし、大会後、英国内に運動は普及せず、オリンピックが国民の健康を向上させることには役立たなかった。

リオオリンピックでは、開催に先立ち病院に新しい医療機器が準備された。外国から押し寄せる多くの人々に対応するものである。電子カルテも導入した。健康状態の情報のデータを持参すれば、ブラジル人以外へも円滑に対応できた。オリンピック後に、医療機器はリオ市内の病院で利用され、電子カルテもそのまま医療に導入された。残念なことに汚職スキャンダルが発生し、財政の緊迫に拍車をかけたのは新聞で報道された通りである。

わが国では、今やITの活用が花盛り。疾患の発症を予測する試みがある。ゲノム情報を含めてビッグデータの蓄積ができ上がり、認知症や糖尿病などでは75%程度の確率で疾患の発症や進展が予測できる。発育期や子供の頃からの生活習慣を見直し、成人期に病気が発症するのを遅らせようとの研究は順調に進んでいる。また、病気を重症化させない疾患修飾薬の研究も始まっている。

独居の人にはAI見守りセンサーをつけ、日常生活の活動量を観察する。運動量が低下してきた場合には、向こう三軒両隣の人々が積極的に生活支援やリハビリ援助などに加わる。地域の中にお互いの健康を管理するシステムが出来上がった。

日本を参考にして、世界各国で独自の健康管理のプログラムが始動している。日本の研究を国内のみでなく、他国の人々へも平等に役立てて欲しいという要望も強い。

皆さんには、最先端の科学の進歩を健康管理に積極的に取り込んだやり方で、満足できる健康寿命を維持していただきたい。

2月:桃太郎の教訓

更新日:2018-2-1

朝日新聞の天声人語に福沢諭吉が語ったという言葉が載っている。

「ももたろふが、おにがしまにゆきしは、たからをとりにゆくといへり。けしからぬことならずや」

鬼が島にある宝は、鬼が所有しているもの。理由なく取り上げてしまう桃太郎の行動には正当性があるのだろうか。盗人か強盗である。鬼にも妻や幼い子供がいるかもしれない。ここまで考えてくると、皆さんは鬼退治に賛成しただろうか。桃太郎は悪人だというわけである。鬼は何故悪者なのか。別の見方をすると、見えないものが見えてくる。自分にとっての正義は、他人から見ると理不尽に映ることもある。

甲子園の名物高校野球に、タイブレーク性を導入するという。9回まで勝負の決着がつかないと延長戦になる。15回でも勝負がつかなければ別の日に再試合をする。勝敗が決まるまで試合を繰り返すのが、スポーツの原則である。これが、ファンの気持ちを掻き立ててきた。タイブレークの導入は野球の面白さを半減し、導入悪だという意見もある。

今までにも、延長戦や再試合は、決められた期間内での運営に少なからず影響を与えてきた。しかし、高校生の体力の消耗や疲労により身体を壊し、将来の有望な若人の芽を摘み取ってしまうと選手を気遣う声が昔から多くあった。観客の視点のみではなく、選手の側から見た健康管理法を考えることも必要だ。

松下幸之助翁は「素直」という言葉を重んじたという。素直に他人の言葉に耳を傾け、周囲の意見を謙虚に取り入れて考えれば、必ず解決の道が開ける。今の時代に、改めて噛みしめたい言葉である。

1月:水沢腹堅(すいたくあつくかたし)

更新日:2018-1-1

謹賀新春。おめでとうございます。昨年遅れからインフルエンザが大流行しております。学級閉鎖をして対応している小学校も見られます。熊本大地震のために沢山のワクチン工場が壊れ、ワクチン製造ができなくなってしまったのが一因のようです。

診療所やデイケアを日頃からご利用いただき、有難うございます。昨年の暮れのクリスマス会には沢山の方々にご参加いただきました。みんなで大声を出して歌い、落語を聞いて笑い転げ、楽しいひと時を過ごしました。準備および進行をしてくださった組合員の皆さん、また、お忙しい中を最初から最後まで同席して頂いた矢野議員に感謝しております。この会も年を追うごとに盛会になり、大切な年間行事の一つとなっております。

年が明けて、また、一つ年を取りました。「年を取る」ということは、現在の年齢から一つ差し引くということで、一歳若返るという意味です。元気が湧いてきます。

今年は戌(犬)年です。戌年は財宝を招き金持ちになると言われています。夫婦は円満。子孫には有名な人が続出するそうです。沖縄では、犬の夢を見ると吉事が舞い込むと信じられています。楽しみな年になりそうです。

 犬は最も人間に親しい動物。古代には犬飼部という職業団体があり、犬の飼育訓練をしたという記録があります。貰ってきた子犬がなつくようにするには、床下の土を少し食べ物に混ぜる(熊本、山形)とか、黒砂糖を食べさせる(愛知)という俗信が残っています。犬の張子を枕元に置くと子供はよく成長すると言われています。犬にまつわる民話や伝説がいろいろなところで見られます。

新玉に、皆さんは何を期待するのでしょうか。どんな決意をしたのでしょうか。

氷が厚く張り寒い日が続きます。ご自愛ください。

12月:地球地理学に新たに刻まれる「チバニアン」

更新日:2017-12-1

地球の地面が出来上がった歴史の時代を、地球上の地層の古さで決めている。地質学では岩石のできた年代や生物化石の変化に応じて、地球の歴史を115の時代に分けている。

この度、千葉の市原市の養老川沿いの地層に、「ふるーい・ふるーい」火山灰が含まれていることが解った。分析の結果、約77万から12万6千年前の時代のものと断定された。

地球では今までに何回も大きな星の衝突などがあり、地球には磁気信号が逆転するほどの大きな変化が起こった。北極(N)と南極(S)が何度も入れ替わったという。最後に大きく磁気が逆転して今の状態に落ち着いたのが、77万年前だった。

先日の報道によると、太陽系以外の星から400m×40m程度の葉巻型の惑星が太陽系の軌道を横切って遠ざかっていったという。地球の引力よりも強い力で飛行していったに違いない。同じ頃、東京周辺では大きな火の玉が見られた。1㎝程度の隕石が、大気圏に突入し、燃え尽きたものである。仮に、葉巻型惑星が地球に衝突していれば、地軸や地球の極性を変えてしまう事態も起こり兼ねなかった。北極と南極も入れ替わっていたかもしれない。

地球誕生は46億年前とされる。学生の講義の様で恐縮であるが、先カンブリア時代(藍藻類の石灰藻やバクテリアの化石が出て、生命の始動がみられる)から古生代(無脊椎動物の時代)、中生代(恐竜、爬虫類が活躍)を経て新生代(恐竜と爬虫類が絶滅の後、哺乳類と鳥類の繁栄期)に入った。新生代は今に続いているが、古い順に古第三紀(12mもある蛇、2.5mもある爬虫類、恐鳥類、鰐、鴨などの祖先となる生物が沢山現れた)、新第三紀(象、鹿、大型草食の哺乳類、犀、駱駝など)、第四期に分けられる。第四期が更新世(氷期と間氷期の繰り返しで海水面が大きく変動した時期)と完新生(最終氷期以降で気候は温暖となり、川、湖、海、砂漠など、現在の地球の姿になり、新石器時代が幕を開ける。)に分けられる。更新世はジェラシアン、カラブリアン、今回新しく分類されたチバニアン(千葉時代)(77万年前)および後期(12・6万年前)に分けられている。その後に完新世が続き(1・17万年前)(現代人類ホモサピエンスの出現)、現在に至っている。

地球の歴史から見れば、命名されたチバニアンは極めて若い時代の分類に属するが、地球地質学に日本の地名が登場するのは初めてである。この発見は快挙である。日本各地で建築事業などにより、土地が掘り起こされている。地質学の専門的知識がないと太刀打ちできないが、今立っている足元の土や岩石にも、古代の跡がたくさん詰まっているのかもしれない。

夢は大きく膨らむが、何とも、想像を絶する気の遠くなるような話でもある。

11月:かぐや姫の物語

更新日:2017-11-1

真竹や孟宗竹は暖かい地域が原産で、成長が早い。実際には竹の定着や生育に適した場所は東日本では35%程度と考えられていた。西日本や東日本では管理が追い付かず、こんもりと茂った竹林が多くみられるようになった。

地球環境が変化し、気候が温暖化してきた。18世紀末と比較して平均気温が1.5℃上昇すると竹の生育域は我が国の47%まで広がり、2から3℃上昇すると65 %程度、4℃まで上昇すると80%に拡大し、北海道全土に及ぶ。日本国中で竹林が茂ることになる。

ノーベル平和賞受賞者のアル・ゴア元米国副大統領によると、地球の温度はここ50年で0.3 ℃も上昇来ているという。東京の平均気温は1877年(明治10年)に14℃であったが2007年(平成19年)には17℃になっている。

「いまはむかし。たけとりの翁といふものありけり。野山に混じりて竹を取りつつ、万のことに使ひけり。名をば、さぬきのみやつことなむ言ひける。
その竹の中に、もと光る竹なむ一すぢありける。怪しがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうてゐたり。」

我が国の古典文学の祖とされる「竹取物語」の冒頭。大和国の飛鳥・藤原京の地を舞台とした物語である。この時期は温暖期であったので、竹もよく育った。「たけとりの翁、竹を取る。この子を見つけて後に竹取るに、節を隔てて、夜毎に黄金ある竹を見つくること重なりぬ。」翁は富豪になる。

かぐや姫は、現世の人間の愚かさを見据えていたのだろうか、時の権力者や地位あるものの求婚を全て断っている。しかし、遂には俗塵に塗れ、人の感情を持つようになった。

十五夜。「昼の明さにも過ぎて、光りたり。望月の明るさを十合わせたるばかりにて、在るひとの毛の穴さへ見ゆるほどなり。」月の世界から迎えが来た。月は不老不死の理想郷。かぐや姫は不死の薬を口にし天の羽衣を着て、帝に歌を残して迎えの車で月へ帰って行った。

今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひ出でける

かぐや姫から七百年を経て、人間は月に行けるようになった。科学が発達するに従って、琴線に触れるロマンが失われて行くのは寂しい。

10月:シダラ神のはなし

更新日:2017-10-1

シダラ神(志多良神)という今までにない新たな神を祭る運動が、天慶8年(945)に発生した。摂津国の民衆が主体となって、白い幣を掲げた神輿を担ぎ、謡を歌いながら京に向かって行進を始めた。手に持つ額には「自在天神」と書かれている。藤原氏に左遷されて、九州大宰府で非業の死を遂げた「菅原道真」を祭ったものである。

「幣帛(へいはく)を捧げ歌遊びし、前後を囲繞する輩は数千万人なり。」京に近づくにつれ、一緒に行進する人は次第に膨れ上がり、数千万人に達したという。数には誇張はあるにしても、可なりの団体行動になったようだ。菅原道真の人気にあやかったのは当然。しかし、時の藤原政権に対する政治的な要求が、こういう形で出ていることも忘れてはならない。

 「月は笠着る 八幡は種蒔く いざ我等は荒田開かん
 志多良打てと神は宣う 打つ我等が命千歳
 志多良米 早買ば酒盛らば その酒富める始めぞ
 志多良打てば 牛はわききぬ 鞍打敷け佐米負わせん」

リズミカルな拍子に合わせ、荒れた田を耕作するときに謡われた。内容は田園開発を称え、富を称える歌である。

京に近づくと「自在天神」の白幣を藤原氏の開催する御霊会に送りつけてきた。藤原政治に対する批判であった。「三綱ら驚奇して参向し、……、奇しみ恐れ」 為政者(三綱)は、陰の力に震え上がった。

「民衆はある女らに就きて神託して、石清水宮に参らんと……。」集団の要求は女性に依頼をして石清水参りに出かけ、大きな騒動にはならなかったようである。

大衆の力の限界なのか。かつての主婦連のしゃもじ運動を思い出した。

9月:今夏の珍事

更新日:2017-9-1

東日本の太平洋側を中心に、雨の日や肌寒い日が続いている。八月一日から降り始めた雨が、一日のどこかの時間帯に必ず降っている。平均気温も平年を遥かに下回り、いわゆる寒い夏である。台風五号が通過した後、日本周 辺の気圧配置が大きく崩れている。

大正初期の大阪朝日の記事である。

大正弐年の八月末に、関東地方は大型の台風に見舞われた。被害は王子・荒川・千住・豊島などで五千戸以上の家屋が浸水。台風は北上し新潟県を直撃。
死傷者九名、行方不明二名、家屋損害六千以上を出した。

その前年の天声人語に記された言葉が気になった。曰く、「毎年一度や二度の水騒ぎは屹度ある。未曾有の出水と言ひ、何十年振の損害と言ふもの。新聞では殆ど月並的になった。一向に未曾有らしくも、何十年振りらしくも響かぬやうになった。天変地異が月並になるやうな国も困ったものだが、日本人が天然に対する奴隷的服従の辛抱力は寧ろ驚嘆に値する。」

推古帝の時にも「霖雨(ながめ)して大きに水あり。五穀(いつつのたなつもの)登(みの)らず」 長雨で水害が出て、秋の収穫に大きな被害が出たことが記されている。

夏の寒さは、別の社会現象をも引き起こしている。

デパートでは、冬の定番商品であるはずの「屋台風おでん」と「中華まん」が、八月中旬に早くもお目見えした。アイスは殆ど売れ残り、スポーツドリンクは平年の六割程度の売り上げに留まっているらしい。逆に、冬野菜は品薄となり三から四割高という。外気温が低く、冬並みに鍋物を作る家庭が一気に増えたためである。

珍現象も出現した。雨で観光できない外国人が、デパート巡りをしている。 気紛れな天候に振り回されて、不況もあり、思わぬ高収入も出る。悲喜交々の毎日。

8月:笑いヨガ

更新日:2017-8-1

笑いヨガは笑いの体操とヨガの呼吸法を合わせたもので、インドで始まった体操らしい。
「オホホホ・・・」「ワハハハ・・・」と大きな声を出して、笑いながら歩き回る。身体を動かし十から十五回程度大笑いする。笑った後は四から五回深呼吸をする。これを十五分から二十分間繰り返す。最後は芝生の上で、手足を広げて仰向けに寝転がって、青空を仰ぎながら全身をリラックスさせる。一日に三回以上行う。

イライラした気持ちがなくなり、うつの気分も吹っ飛んでしまう。
ウォーキング笑い、平泳ぎ笑い、乾杯笑いなど、いろいろな動作と組み合わせると、楽しく運動量も増え、更に効果も上がる。

古事記に神々が大笑いする場面がある。太陽神 天照大神(アマテラスオオミカミ)が弟の須佐之男命(スサノオノミコト)の乱暴狼藉に「見畏(かしこ)み天の石屋戸(いはやと)を開きて、刺しこもりましき。」 世の中は真っ暗になってしまった。困り果てた八百万の神は天の安の河原に集まり円座を組み、あれこれと相談を始めた。「天の宇受売の命(アメノウズメノミコト)神懸りして、胸乳を掛き出で裳裾を忍し垂れき。高天の原動みて(とよみて:鳴動し)、八百万の神共に咲(わら)ひき。」
宇受売命が恍惚状態になり、怪しげで妖艶な踊りを始めたので、一同が大笑いをしたというのである。古い形のシャーマニズと素朴な笑いが結びついた結果である。

最近では、笑いを研究する学問がある。笑いはストレスを解消し、免疫力を高めることが解ってきた。脳内ドーパミンが増え、自律神経の快楽中枢のある大脳辺縁系を刺激する。エンドルフィンも増え、幸福感が増す。闘争ホルモンのアドレナリンやコーチゾルは抑制され、副交感神経が優位になる。大脳の興奮性は抑えられて、気分が落ち着いてくる。

アメリカの新聞に寿命を延ばす方法が掲載されている:笑うこと。ストレスの減少。歯の手入れ。身体運動。頭の体操。ビタミンやトマトの摂取。ファストフードの制限。禁煙。

笑いは簡単な健康法であるが、日々の習慣として長く続けるのは難しい。

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